2001年1月8日 中曽根 康弘

 二〇〇一年、二十一世紀スタートの元年は教育の年だ。景気回復や経済構造改革、年金や医療などの社会保障の調整、有事法制や集団的自衛権問題の前進など、重要な課題は多いが、それらの改革の基本には教育改革がある。現在の日本社会における凶悪犯罪の激増対策、公私の観念の整序、各界における人材の端境期克服など、重要問題解決の根本も、教育の改革にあるのである。

 年末に、教育国民会議の報告書が提出されたが、政府はそれを至急検討し、実行に移さなければならない。

 私は、森首相に今や「『二十世紀の森首相』から『二十一世紀の森首相』へ前進し、その政策的主戦場は、自ら最も熱意を持つ教育改革にある。一月からの通常国会は、「教育改革国会」として、各党間で教育の基本思想や、学制の体系、学習指導要領から、教師の育成など、教育全体の論議を国会で誘導し、五月のゴールデンウィークまでに、その論議の結果として、各党に「教育基本法改正要綱」をまとめてもらう。そして、夏の参議院選挙は、その要綱の下に争い、国民審判を受けて、政府は秋に教育基本法の改正に前進すべきである」と、助言している。

 最近、最も国民が心配している項目に、青少年の道徳教育と、学生及び青年層の理想主義の欠落がある。こういった問題を解決するにあたって、抽象的議論は多いが、具体的指標は殆ど示されていない。

 昭和二十〇年、敗戦直後の日本は、精神的にも荒廃し、占領軍司令部によって従来の価値基準が否定され、生活の窮乏の中に、共産党が威力を示しはじめた。刑務所から釈放された徳田球一、志賀義雄等の指導者が宮城前の占領軍マッカーサー司令部の前で万歳三唱し、マッカーサー司令部の中枢にいたホイットニー民政局長、ケーディス次長等のニューディール思想保持者達が、日本解体の戦略から共産党を激励した疑いのある時代であった。私は昭和二十二年春の総選挙で衆議院議員に初当選したが、立候補の時以来、共産党との激烈な論争と選挙抗争に直面した。その時には、自転車を白く塗り、メガホンを持って、当時、続出した各地の青年団に赴き、共産党との立会演説に挑戦した。その思想的本部として、父から借りた小さな貸家を本拠に、「青雲塾」を創立し、同志の青年と寝起きを共にした。その時、マッカーサー司令部の従来の日本の道徳否定に対抗し、また、共産党と戦うため、青雲塾指導精神を制定し、翌昭和二十三年に整文して、同志の集会の時に共にこれを斉唱した。次に掲げるのがその一部である。

 『青雲塾綱領』
一. 同志は、礼儀を正しくし、信義を重んずべし。
一. 同志は、謙虚に学び、識見人格を磨くべし。
一. 同志は、父母を敬い、家庭を温かくし、社会に奉仕すべし。
一. 同志は、世界に眼を開き、祖国を愛すべし。
一. 同志は団結し、郷党の中堅、国家の柱石となるべし。


 『修学原理』
一. 教科書
一瞬一刻の人生が教科書であり、苦楽恩讐のすべてが神の与え賜うた教材である。
一. 教室
教室は同志の心にある。真心を以て通ずれば、皆同じ教室に在って共学している。
一. 基本
責任感と行動力が生まれなければ、学んだとは言えない。修養は、勇気を以て心の内外の抵抗を乗り切ることに始まる。
一. 順序
修学の順序は、修身、斉家、治国、平天下である。
一. 目標
生きたままの最高の芸術品に、その人生を完成して世を去ることを修学の目標とする。


 『我が宣言』(一部抜粋)
一. 原爆、水爆を抱え、世界は有史以来の異常体制下にあって危機の断崖に立つ。我等は人類の叡智に訴え、創造と調和の世界観を以て、対立と闘争を排除し、危険兵器の公正なる国際管理、列国の軍備縮小を断行せしめ、民族の自決と協力の正義に則る世界恒久平和と国際民主主義の実現を主張する。
特にアジア人としての自覚に基づき、アジア復興については謙虚な立場に立って奉仕する。
一. 来るべき創造文明の時代に対応し、労働と科学政策を中軸に国政を一新し国民的共同体を建設する。このため新日本国民憲法を創定し、ポツダム・サンフランシスコ体制よりの前進、外国軍隊の完全撤退促進、領土其他失われた国権の回復、世界運命一体の自覚に立つ国際協力の緊密化を図り、昭和の革新を推進する。


 これらの内容は、今から考えると、独断的で欠陥の多いものと反省される。外国軍隊の完全撤退促進なども唱えているが、当時は冷戦による米ソ対立前の融和時代であり、政治的にも、私が三中政策(中道、中立、中小企業)重視を唱えていた時代の所産である。  私がこのような昔の古い文章をお目にかける所以は、現在の教育がややもすれば米国のプラグマティズム(実用主義)、英国の功利主義、フランスの個人主義等の影響を受けすぎて、個人の自由や人権が過剰に強調され、社会や国家等、公に対する奉仕や責任の心構えが欠落し、自己抑制と同時に世界に対する日本国民の主張や理想が失われ、狭小な小市民的、物質的風潮に深い憂いを抱いているからである。また、今、各方面で唱えられている改革論は、概ね現状に若干の手直しをする程度の弥縫策が多く、日本固有の歴史や伝統を受けた、理想主義的で、強靭な精神的具体策を欠いているからである。それで未熟ではあるが、心掛けた一例をお目にかけたいと思った次第である。 前述の綱領等には、我々が祖先から受け継いだ儒教的教養、カント的人格主義、人道主義、平和的国際主義が盛られ、これらを以てマルキシズムに対抗したものなのである。今や、これらは歴史的遺物となったが、今日の教育改革には、このような断言命令的情熱のほとばしりが含まれなければならないものと信ずる。

 今回の教育国民会議の報告は、内容としては良く出来ている立派なものである。しかし、敢えて批判すれば、私が総理時代に設置した臨時教育審議会の失敗の幾つかが垣間見える。それは強い背骨となる基本思想や哲学が中心にあって、その生命力が一貫して各方面の改革論に必ずしも浸透していないように見えるからである。立派なアイディアがたくさん盛られているが、これを実行していく切り口、重点、総合的仕上げの姿等の工程管理が必ずしも明瞭でない。臨教審も、その後十年間に、その部分部分が実行されつつあるが、それらには教育の大事な生命力が希薄である。

 今回の教育改革は、実は改革ではなくて、「教育革命」であるべきである。革命には、所謂専門家は無力である。今回の報告はその意味で、所謂素人の構想力が各所に盛られて、内容を充実させている。革命に大事なことは、創造的破壊であり、清算と継承と発展である。実は、今回の教育改革は、文部省の所謂教育改革ではなくて、戦後五十年、日本に堆積し、発生した「文明病」の克服である。凶悪な青少年犯罪、政界や官界の腐敗、公の観念や理想主義の喪失、拝金物質主義の蔓延等、一文部省の課題ではなく、全国家的病巣なのである。その改革の根軸を為すものが教育改革なのである。

 因習の破壊等を行えば必ず、官僚、労働組合、大学教授会等、既存組織の強い抵抗は必至であろう。この「文明病」の克服には、政府の仕事だけでなく、全国民的支援と国民運動の実行が伴わなければ、全国隅々草の根まで浸透し、実効性を上げることは難しい。経済団体、組合、文化団体、ジャーナリズム、NPOやNGO等の協力の下に組織をつくり、全国民運動として展開しなければならない。各団体には教育改革委員会等を設置しているものが多いが、政府は、それらの諸団体に総結集と支援をお願いすべきである。また、特に新聞、テレビ等のジャーナリズムの積極的協力を戴くことは最も大切である。

 今回の、教育改革の目的は、一言で言えば、日本固有の文化や伝統や民族精神を保持し、二十一世紀のインターネット時代の文明の転換に耐える「世界的日本人」を育成することにあると思う。今回の報告の中で最後に指摘したいのは、教師や教授の育成、採用の件である。不適格な教師に対する処理や教育の評価など若干の改革はあるが、重要なことは、教育に従事する純粋な情熱と使命感をもった人材の育成と選任である。昔は、師範、高等師範、文理大のような教育者養成の一貫した体系があり、また、教師は聖職として敬意を表された。今回の改革は、このような独特の体系を設置することに関心が薄いようである。また、所謂旧制高校にあったような余裕をもって、自由、且つ自主的に、真剣に人生探求を心掛ける仕組みも、大学の一般的教養制度導入に希釈され、先頃まであった教養学部の拡充に終わる危険性が大である。この二点は特に強調する次第である。一月に始まる通常国会に、報告の中の個別的事項について、かなりの法律案を提出するようであるが、以上のことを十分わきまえて行わないと、臨教審失敗の繰り返しになる恐れが十分ある。

 最後に、通常国会においては、何れの項目も来るべき教育基本法改正の足場となるものであり、常に教育基本法を念頭において法案の作成、及び審議が行われなければならないことを銘記すべきであると信ずる。


(本原稿は、2001年1月8日(月)読売新聞(朝刊)に掲載されました。)
  教育改革の中心柱