| 2001年1月23日 中曽根 康弘 |
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皆さん、明けましておめでとうございます。 今の日本の状況を見ますと、何かエンジンが故障し、食糧も不足した難破船が約十年間洋上を漂い、ようやく陸が見え始めそうなところまできたが、まだ一嵐も、二嵐もありそうだと、そういう感じがしますね。 そこで、本日、私が申し上げたいことは、まず、国際情勢全般の大局観を、その次に、国内の問題を申し上げようと思っています。国内の問題については、内政上の問題、外交・安全保障上の問題と、そのように分けて申し上げようと思います。 世界は、二十一世紀を迎えまして、二十世紀とは非常に大きく変わろうとしています。その一番の原因は何であるかといえば、一つは、政治的には、米ソの“冷たい戦争”が終わり、その影響が各地に多大に出てきています。もう一つは、IT、DNA、或いは宇宙の開発と、科学技術が新しい分野へますます発展して、これが社会に大きな影響を与えつつあります。例えば、IT一つを見ましても、電子経済とか、或いは電子民主主義、そういう時代に二十一世紀は行き着きそうですね。 日本はどうかといえば、私は去年は、歴史の分水嶺に立っている、二十世紀から二十一世紀への峠にきている。そういう時に当たって一番大事なことは何かといえば、清算と継承と発展である。二十世紀の悪いものは清算し、良いもの継承する、そして新しい創造的な発展を図ることである。と、言ってきました。しかし、今の日本には、そういう意味の大局観が非常に薄れています。そのことを私は非常に憂えているのです。 外国を見ますと、自己主張が非常に強いです。先日、私はアジア太平洋国会議員連盟(APPF)の第九回総会の為、チリへ行ってきました。このアジア太平洋議員連盟(APPF)とは、一九九三年に私が中心となってつくった国会議員の会です。約二十六ヵ国のアジア太平洋の国々、中国はもとより、ソ連、アメリカ、カナダ、オーストラリアなど、いろいろな国が参加しています。その会議において、二十一世紀はどうなるかというような話も随分しましたが、それぞれが皆自分の主張を持っていました。一つ驚いたのは、例えばパプア・ニューギニアの国会議員さんが、植民地主義、帝国主義時代の残滓が未だパプア・ニューギニアに残っていると、そういうことを堂々と言うのです。もう、そのようなことは済んだことだと我々は思っていましたが、そうではないのです。或いはフィリピンの代表は、海賊船を取り締まれ、日本やマラッカ海峡を周辺の国々は何をしている、警備船を早く出せ、と主張をする。そのように自己主張というものをみんなが持っているわけです。 それは、先程言ったように、二十一世紀とは、“冷たい戦争”が終わり、世界は散乱の時代に入った。今までは米ソという親玉がいて、その大きな磁石の力で鉄くずはそこへ集まっていました。ところが“冷たい戦争”が終わって電気が切れて、鉄くずは散乱したわけです。そうすると分かれた者は、「自分は何だ」と、己のアイデンティティを探し始めたからです。 そういう中にあって、日本が己のアイデンティティを果たして考えているか。国際社会の中で、日本の独自性を主張しているか。どうも寂しい感じがします。日本人は、ややもすれば、それは肚でいこう、或いは阿吽の呼吸でいこう、と、そういうことでうまくゆくと思っていますが、国際社会では、それは全く通用しないのです。二十一世紀には、歴史観に基づく正しい自己主張を日本人が築いて、それを外国に対して、強く主張していかなければ、日本は生き抜いてゆけないと思います。 今、世界的に、ますますグローバル化が進んでいますが、しかし、そのような情勢の中でも、やはり、歴史と伝統と文化のもとに生き抜いてきた民族のアイデンティティや主張は、そう簡単に崩れるものではないと思います。確かに、国家主権というものが侵食されることは事実です。しかし、それが消滅することはないのです。今のような世界の情勢から見れば、経済にしても、安全保障にしても、やはり、国家による保護を最終的には求めざるを得ず、やはり、国家間の話し合いで、それらは進められてゆくもので、そういう基本は崩れないと思います。 また、地域連合も進んでいます。例えば、ヨーロッパにおけるEU、統一通貨のユーロ、或いは、東南アジアにおけるASEAN(東南アジア諸国連合)と、そういうものが出てきています。また、中近東においては回教グループが結束しています。そのように地域連合というものもまた強くなってきています。更には、独立個人の世界的連繋によるNPOとか、そういうものも今出つつあるわけです。つまり、世界的にアイデンティティが出てきているのです。そういう意味において、世界は非常に複雑な新しい時代に突入しているのです。 そういったことを踏まえて、世界情勢の大観を見ますと、例えば、ヨーロッパにおいては、欧州軍というものができて、それがNATO(北大西洋条約機構)とどう調節するかという問題が生じてきています。ブッシュ政権にとっても、欧州軍との調和をどう取るかということは、非常にデリケートな問題になでしょう。欧州軍は、例えば、コソボの問題、或いは回教圏等における紛争については、ヨーロッパで独自に解決すると、そういう意気込みでいます。しかし、いざという時には、アメリカの軍事力は必要となり、その力を借りなければ、ものがあまり言えないような状況にもなることも確かです。それにもかかわらず、ヨーロッパのアイデンティティを主張する力が、それをつくってきているわけです。或いはイラン、イラク、ロシアに対する政策についても、必ずしもヨーロッパは、アメリカとは同調していません。そういう力が各地で出てきているわけです。 アジアにおいてはどのような変化が起こるかといえば、ブッシュ政権の出現によって、外交の軸足が中国から日本のへ動きつつありそうです。そういう意味において、アジアにおけるアメリカの外交政策の体系変換が予想されます。日本にとって、外交の軸足が中国から日本に移り、それを中心にする体系変換が行われることは、歓迎すべきものであります。しかし、問題は、その体系変換に対して日本がどのように対応してゆくかということです。その対応は、アメリカから言われてからやるというのでは情けないのであって、今の世界の大局をよく見ながら、日本独自の主張をもってアメリカと話し合いに入るべきなのです。そういう問題を、ブッシュ大統領の就任演説に聞惚れる前に、我々は考えておかなければならないのです。 何故なら、二十一世紀には、アメリカのそのような外交の体系転換によって、アジアにおいては、中国、北朝鮮、ロシア、それからASEANと、そういう問題に常に目を注いで、日本が中心にならなければならないと思っているからです。しかし、アジアには、中国と台湾の問題、北朝鮮の今後の動向、独自性を主張してきているASEAN、また、ロシアのこの不安定な状況など、いろいろな問題があります。特に、ロシアのプーチン大統領のやり方はややもすれば大国主義の気配が見えて、一説によれば、ビョートル大帝の復活みたいな気分でいるのではないかとも見られます。北方領土の問題を見れば、それが顕著に出ていますね。そのような状況の中で、日本はどのように舵を取ってゆくかということも、我々は考えなくてならないのです。 一方、経済はどうなるか。これは米国経済がどうなるかによって大きく影響を受けるわけです。米国経済をこれだけ発展させたもとは、ナスダックというITを中心にするベンチャー企業の急成長にあり、これらがアメリカ経済を押し上げたわけです。ところが最近その株価が非常に暴落してきました。今まで指標が五〇〇〇であったのが二五〇〇ぐらいに落ちてきていますね。その影響受けて、アメリカ経済に翳りが出てきたのではないか、ソフトランディングがうまくゆくのかと、そういう心配を世界中が持ちはじめています。日本でも、その影響を受けて株価が下がってきました。これは、アメリカの景気がどうも下の方へ動いてゆき、株価に不安を抱く海外の投資家が、日本の株を売却し、十年もの国債を買い始めているからです。 アメリカの経済全体を見ると、モルガン・スタンレーという金融調査機関は強気ですが、メリルリンチという方は弱気です。つまり、アメリカ自体においても、今後、アメリカ経済がどうなるかは、不安定な状況にあるのです。 日本経済もその影響を受けて、日本の株は上がるのか下がるのか、これから経済はどうなるのか、円ドル関係はどうなるのか、円安がさらに進むのか、そのような非常に変動性、流動性を増してきた状況になってきているわけです。 そのような状況が、時としてアジアに響いてくるのです。一九九七年、タイで金融危機が起き、それが日本にも蔓延してきました。山一証券以下が破綻するという現象が起きましたが、やはり、アメリカ経済の影響を一番受けるのは、アジアにおいては、東南アジア諸国が早いようです。そのような状況が起きないことを願っていますが、経済というものは分からないものです。 そういう意味で、金融に関する危機管理を、表に出さずとも、財政当局や政府はもう密かに考えておかなければならないのです。例えば、災害に対しては、あの神戸の大震災の教訓から、政府は、官邸に危機管理監を置いたりと、震災対策の予防をやっています。しかし、金融問題に対しても、その予防、それに対する対応策を日本国内の問題、或いはアジア全体問題として考えて、予防的意味における研究をしておかなければならない時に来つつあるのです。こんなことを言うというと、不穏なことですから、心配する人が居ますが、政治家としては、そういう先見性を持って準備しておかなければ、国民に対する責任は果たされないと思うのです。 そこで、外交や政治の問題と経済の問題を申し上げましたが、今度は文明の問題です。これはもうIT、DNA、或いは宇宙開発といったものによって、二十一世紀の文明は、コペルニクス的大転換が行われるであろうと考えています。今、日本も乗り遅れたのを追いかけようとIT戦略会議をつくったり、一生懸命やっていますが、既に、世界ではインターネットを中心にした電子経済、電子政府、電子民主主義というものが出てきています。しかし、インターネットを中心とする社会は、インターネットによって個人同士がいろいろやる、いわば個人主義です。そうなると国境を越えた世界的な個人主義連合というものが二十一世紀にはどのように動いてゆくだろうか、そういうことも考えなければなりません。昔の共産党であったら細胞組織というものをつくったでしょう。インターネットを使って共産党の細胞をつくろうと思ったら、警察の手の及ばないところでどんどんやれるわけです。今の共産党は変わってしまったから、そのような細胞的なものはやらないが、しかし、それに似たことが起こる可能性はあるのです。例えば、外国政府から日本を変えようとか、日本が外国を変えようという場合に、インターネットを通じて目に見えないところで情報網を広げ、新しい転換をやらせる可能性とかです。そういう時代になると、今までの警察ではとても全てをカバーできないし、或いは関税によってもカバーできません。また、軍事的にも、今、アメリカ、ロシア、イギリス、イスラエルでは、そういうネットを利用して、相手のロケットを制御しているコンピュータを狂わすとか、そういうことを研究しています。また、中国もそれを追っかけてやっているだろうと思います。そうなると、今までのような大砲を撃ったり、飛行機が飛んで行って相手を爆撃するというのではなく、戦争もインターネットを通ずる思想戦という新しい知的戦争の時代に入って来つつあるのです。 また、DNAの解明がどんどん進んでくると、やはり、今言われているように、“人間の尊厳”にかかわる問題がでてきます。しかし、その解明がますます進んでいった場合でも、人間の全体像は解明できないでしょう。部分的な機能、大脳、手足、そういうものの機能は十分解明されるが、“人間の心”は解明できないと思うからです。しかし、解明しようと思って、科学者は研究するでしょう。そのような時代が二十一世紀の間に、二十年から三十年の間には来ると考えなければなりません。そういう時代が到来することを念頭に置いて、“人間の尊厳”というものの大切さを、子孫に教えておくべきです。 また、そういう文明的大転換が行われれば、おそらく思想や哲学が大きく影響を受け、今までの哲学や思想だけでは全ての現象を包摂できなくなるかもしれません。キリスト教や仏教といった、既存の宗教は非常に尊いものでしょう。しかし、そのような状況の下では、二十一世紀のマルティン・ルターが出てきて、新しい宗教改革をやらざるを得ないということになるかもしれません。二十一世紀とは、そういうものを孕んだ時代になってきているのです。例えば、今のローマ法王は非常に賢明な方ですから、昔の古いローマ法王の教義をあの人になってからずいぶん変えていますね。そして時代に合わせるようにして、各宗教の融合を説いておられます。これは時代を見る力を持っていると言えるでしょう。 さて、そこで今までは世界的な大局観を話したわけですが、何故こんな話をしたかというと、やはり、歴史がどう動くか。その中で日本はどういう筋道を辿ったらいいのか。そういう歴史観に基づく日本の進路をある程度見極めて、国民にも訴え、国民とも相談し合いながら、二十一世紀の日本の軸足と軌道を考えなければならないからです。これは非常に大事なことです。ところが、大体、今の政治や思想状況を見ますと、その場凌ぎの臨床的な消火作業に狂奔して、ほとんどそういうことが行われていません。学者の方々の議論を見ても、専門家の話は、意外に局部的なものが多い。また、政治家を見れば、毎日毎日の臨床的闘争に明け暮れる。権力争奪戦、或いは選挙戦に明け暮れる。今も参議院選のことばかり考えて動いているような感じですね。しかし、それ以前に日本の運命が大事なのです。そういう日本の運命に対する理想主義と使命感を我々政治家が持たなければならない。今まさにその時であると思うのです。 我々は、二十世紀の峠を登って、そして今、二十一世紀の峠を降りつつあります。重い荷物を背負って峠を降りている。そこで、先ほど申し上げた清算と継承と発展の三つことを念頭に、二十世紀を反省し、二十一世紀の展望を考えなければならないと思うのです。 私が思うには、大体、五十年ぐらいで日本の歴史は転換しています。明治維新があってから、約五十年、日本は上昇期に入りました。しかし、大正に入ってから大東亜戦争の敗戦に至るまでの下降期に入ったわけです。そして、敗戦後、今度はマッカーサー改革が行われ、また上昇ラインに乗りました。それで約四、五十年、日本は高度経済成長を遂げ、その文化というものは質的に非常に高まったのです。科学技術は発達し、富も上昇しました。大きな特色は、それが普遍性を持ったことです。東京でジーパンを穿けば三日後には広島でジーパンを穿くというように普遍性を持ってきました。また、非軍事性を持ちましたね。そういう意味において、あの時代の日本の文化力というものは、日本歴史の中でも特筆すべきものであり、万葉の時代はよく知りませんが、安土桃山時代、或いは江戸時代の末期、そういうものに匹敵するピラミッドを築いたと私は思います。しかし、それがまたバブルの崩壊によって転落してきました。そういう歴史的時間帯を鑑みると、四十年ぐらいは転落の時代が続くかもしれないと、そういう予感がしないでもないのです。 そこで、そういう状況を打破するために、我々がすべきことは何かと言えば、二十一世紀の青写真をみんなでつくることです。その二十一世紀の青写真をつくり、司馬遼太郎さんが書いた『坂の上の雲』に著されるように、明治維新の時は、国民的にその坂の上の雲を追って坂を登っていった。我々も、今、二十一世紀の『坂の上の雲』をみんなでつくってもう一回峠を登る、そういう気概と夢を持たなければならないのです。やはり、そういう意味における、理想主義と使命感というものが今の政治家に必要とされるのです。 今、少しづつ、そういう準備態勢が政治でも行われています。例えば中央政府の大改編をこの前やりました。これで、二十二在った省庁を十二に減らしました。しかし、現状は箱ものを集めただけであって、中身はまだどの程度変わるか分からず、これからの勝負です。特に、四つの省庁が統合した国土交通省、これはもうお互いの顔もよく分からないし、ゴタゴタして大変だろうと思います。そういうことを簡素化して、合理化していき、仕事が一体になってやれるようにする。人事の抜擢も、今までの各省の壁を破って行う。有能な奴は若くてもどんどん抜擢する。そのような体系に持っていかなければならないと思います。 それには、私は、第三次行政改革をしなければならないと見ています。今の中央省庁の改編で各省が動き出しましたが、半年か八ヵ月ぐらい見て、そしてその結果に鑑みて、第三次行政改革を行い、今言ったような能率主義、効率主義、そういう人材登用を考えた新しいソフトの行政改革というものをやるべきだと思います。今、公社公団・特殊法人等の仕事、或いは公務員制度の改革は、橋本龍太郎君が引き受けてやっていますが、新しくできた中央省庁の問題に対する第三次行政改革も、必ずやならなければならない時期がくるだろうと見ています。 しかし、そのような中央政府の改革をやったり、或いは教育基本法の改正、憲法の改正、更には憲法改正に付随して、私が前から唱えている国家安全保障基本法、財政構造改革基本法、或いは教育改革の基本法という三つの基本法をつくって足場を整えてゆくためには、それを推進してゆくための政治基盤が今はまだできていません。そのためには、私がもう一年半も前から言っていることで、去年のこの会でも、皆さんにたしか申し上げたと思いますが、我々は、参議院選後にもう一度政界再編成しなければならないのです。日本の青写真、教育基本法や憲法といった重要問題を中心にして、息の合う者が固まって、そして新しい政治基盤構造を構築し、そして、その改革を推進するための力をつくるべきなのです。 国家というものの大事業を考えると、明治維新の時の人たちが頭に浮かびます。明治維新の時には、吉田松陰、佐久間象山、坂本龍馬にしても、みんな脱藩をやったでしょう。そうしてある者はロンドンや上海まで行って、外国の情勢を見てきて、そして改革の志をもち、新しい明治の国家像を夢見たわけです。そのような段階に、今、来ていると私は思うのです。 明治維新は、第一の憲政の改革であり、マッカーサー時代というものは、第二の憲政の改革であり、これから出てくるのが第三の憲政の改革であります。 しかし、第三の憲政の改革には、まだ青写真ができていません。それは何であるかというと具体的にいえば、教育と憲法なのです。今まで約五十年近く現行の憲法でやってきて、いろいろな矛盾が生じ、世界の情勢に合わないことがはっきりしました。事実、今までは憲法改正について、国民は反対の方が強かったのが、今は各新聞社の調査によると、賛成が六〇%で反対が三〇%ですね。その内容は、賛成の方は二十、三十、四十代が多く、改正に反対なのは六十、七十の老人が多い。反対派の彼らは昔のノスタルジーを持っている人ですね。新しい時代の息吹を感じている人は、もう改正しなければ駄目だと感じているのです。 これは日本民族の特色であると思います。外国文明を入れても、四、五十年経つというと日本化してしまう。日本は島国ですから、その国民は非常に好奇心に富んでいます。だから、隋、唐の文明を入れた時も、平安朝になると紫式部が出てきて日本語で日本調の『源氏物語』を書く。そのようにして同化してしまう。明治維新の時も西洋文明を入れて、鹿鳴館時代みたいなバカなことをやったが、ドイツのプロシア憲法を模倣して、新しい日本的憲法をつくって日清・日露の戦争に勝っていった。これはまさに同化力です。しかし、それには四十年か五十年かかります。 ちょうどマッカーサー憲法ができてから五十年ですから、ようやく日本人にその同化力、いわば民側的な体質が出てきたと私は見ています。 大体、日本の国家像というものは憲法に出てくるのです。統治権、外交、或いは安全保障、社会福祉、司法、全部あるのが憲法でしょう。つまり、日本の二十一世紀の国家像、青写真というものは、まさに憲法に象徴されるのです。時来たりまさにそうなって、憲法調査会が国会にでき、衆参両院でこの新しい国家像を議論しています。私の考えとしては、三年ぐらいは論憲をして、四年目に国民投票法をつくり、五年目に憲法改正に着手しようと、そう言っています。そういう工程管理を持たなければ駄目ですからね。 また、教育基本法の改正という国家の一番骨組みになるような大事な問題も着手されようとしています。しかし、それらのことは、決して今の政治基盤ではできなません。また、やっていいかどうかも問題です。できたら、これは連合政府とか、できるだけ超党派の力をつくってやるべきであると思っています。幸い今は自民党、民主党と、各党とも中身はガタガタです。そのような問題をして、ここで坂本龍馬や佐久間象山や吉田松陰が出てこなくてはいけない。そして新しい政治勢力を推進する力をつくらなければいけない。それが日本の運命を開拓していくものだろうと私は見ています。それで、二十一世紀の坂の上の雲をみんなで押し上げていくべきなのです。 そういう意味における使命感、理想主義というものが今日本には不足しています。これをもつことが今の日本人に必要なことなのです。それを政治家や思想家が、国民に訴えていくべきなのです。そのような考えに立って、私は、日本の内政というものを見ています。 日本の外交、安全保障の面を見ると、先ほども申し上げたように、今度のブッシュ政権は対日重視ということで、明らかにクリントン政権からの体系変換をやってきています。今度、国務長官に就任したパウエルさんは、湾岸戦争の時のアメリカの総司令官で、ブッシュ大統領のお父さんに非常に近い人ですね。そのパウエル国務長官がどう言っているかというと、こういうのは単なる憶測ではいけないのであって、彼は公式に、「日米同盟は米国とアジア太平洋を繋ぐ土台である」と、そう言っています。「米国とアジア太平洋を繋ぐ土台である」という言葉は、非常に重要な言葉です。今まで、クリントンは、「アメリカと中国は戦略的パートナーシップである」と、そう言っていました。しかし、今度はそれを修正して、中国はcompetitor(競争者)であると、そのような表現に変えてきました。 或いは、今度国務副長官になったアーミテージは、防衛関係が専門で私もよく知っている人で、日本へ来た時などは、よく私も会っていましたが、彼も「日米同盟をアジア外交の軸にする」と、そういうことを言っています。こういう公式の言明を見ると、明らかにアメリカのアジア外交における体系変換が行われることを予測しています。 それで具体的にどういうことが出てくるかというと、一九九六年の四月に橋本・クリントン共同声明を出し、日米安保条約の遂行をさらに具体的に前進させること提言しました。アメリカはこれを非常に喜んだわけですね。そこでガイドラインが出てきたわけですが、そのガイドラインの話に基づいて、去年、アメリカの学者、実際家、例えば、今言ったアーミテージ、或いはウォロウィッツ、グリーン、ハーバード大学のナイ教授、そういう超党派の知日派の人達が集まって、新大統領に対する勧告書「INSSリポート」を作成しました。 アーミテージやウォロウィッツという実際にホワイトハウスで仕事をやる人たちがつくったこの勧告書の中には、日本の周辺での事態では、憲法の枠内での積極的協力を要請する。また、有事法制を至急つくるべきであると書いてあります。つまり、ガイドラインを充足させるということです。それからNMD(本土ミサイル防衛)、これはアメリカの国家ミサイル防衛計画で、外国、例えば、北朝鮮やなにかから来るミサイルを撃ち落としてしまうものです。また、TMD(戦域ミサイル防衛)は、日本や、その他の味方の基地を守るためのものです。ちょうどレーガンのSDI(戦略防衛構想)とよく似ていますね。アメリカ政府は、これらをやろうと言っていますが、まだ、日本も、その研究に協力する程度であります。何故なら、これはまだ未完であり、その実効性が一〇〇パーセントのものでないからです。 しかし、アメリカは日本がそれに対し一方的に協力し、特に、集団的自衛権の問題について前進してくれるならば、沖縄の基地の縮減についてアメリカも考えると言っています。例えば、そのレポートの中には、沖縄在留の海兵隊を他のアジア地域に散らしてもいいというように思わせるような言葉があります。ある意味において、それを交換条件にしようという意味もあるのだろうと、私は見ていますが、そういうような形で具体的に向こうは前進してきます。 しかし、ここで考えなければならないのは、NMD、TMDに対して、ロシアや中国や北鮮は反対していて、ヨーロッパでも疑問視しされているということです。ブッシュ政権は、断じてやろうと、そう言っていますが、ここで一つ注意しなければならないことは、こういう問題では、“冷たい戦争”の時のような、ロシア、中国、北朝鮮に、我々との間に壁をつくらせないことが非常に大事なことなのです。 その一つの方法は、ロシアはわりあいに妥協的であるということです。例えば、今、STARTU(第二次戦略兵器削減条約)で、米ロ両国の核兵器を三千発ぐらいに減らそうとしていますが、これはまだアメリカがその議定書を批准していないため発行されていません。しかし、ロシアとしては、財政的に非常に窮乏のため、その維持も困難になって来ていて、その次のSTARTV(第三次戦略兵器削減条約)に進み、千五百発ぐらいに減らしたいのが実情です。アメリカが思い切って、核兵器をもっと減らすと、そういう方向に出てくれば、ロシアはそういうものを取り引き条件にして、ABM(弾道弾迎撃ミサイル)条約との兼ね合いもありますが、NMDについても、ある程度の保証を得て、賛成するかもしれません。 しかし、最近、北朝鮮の金正日さんが中国へ行った時に、友好同盟条約みたいなものをつくり、また、ロシアとの間でも友好協力条約というものをつくっています。同盟条約をゴルバチョフの時に廃棄したものだから、最近になってまた友好協力条約をつくったらしいのです。 金正日さんは、アメリカの動きを警戒しながら、そういう網を張ってきつつあるわけです。そういう状況を見ても、ロシアとアメリカがうまく話し合いをつけて、そして、中国に対しても、ある程度話し合いをして警戒心を起こさせないようにする。そういう戦略構想を持ちながら、彼らに壁をつくらせないようにすることが非常に大事なことなのです。 そのような状況の中で、我々が自己の主張をもつことが、アジアにおける二十一世紀の日本の姿でなければならないと思うのです。我々は、安保条約や平和条約を結ばれたりしたので、どうしても大国依存の傾向が、体の中に植え付けられていますが、しかし、我々はそれを根絶するべき時に来ているのです。 そこで非常に大事なことは、今お話した状況を念頭に置き、日本とアメリカの間に、アジアに関する共同の戦略思想と政策を調整することです。また、それは首脳間でやると同時に、スタッフの間でもやるべきです。外務大臣、防衛庁長官、或いはその下の者。そういう基本的なものをブッシュ政権との間につくることは非常に大事であると私は思います。 私がレーガンさんとの間でやったことは、一九八三年の一月十八日に、彼と第一回目の会談を行いましたが、その時に、私は、例えば、「お互いが両国の運命、世界の運命を持って背負ってゆくという、そういうお互いの共同の理想のためには、相手の国のためには自分がある程度犠牲になる。あなたが何かをやろうとする場合には、私も犠牲になって引き受ける。そのかわり私が何かをやろうとする場合には、あなたも犠牲になって引き受ける。お互いがお互いの政府を助けるために助け合うという気持ちでいこう」と、そういうことを言いました。残念ながら今までの政府のいろいろな関係にそういうものはなかったわけです。今までの首相は、サミットへ行っても、ほとんど発言しなかったですね。しかし、私は、積極的に、「あなたはピッチャーになれ。私はキャッチャーになる。しかし、ピッチャーも時々キャッチャーの言うことを聞かなければ駄目だよ」と、そのような冗談めいた話でありますが、そういうこと主張して、そして融合していったのです。 そういう首脳間の人間的な触れ合い、人間的な信頼感というものが非常に大事なのです。今は、日本と中国、日本とロシア、日本とアメリカのどの間にも、それが欠落しています。一経験者として、私は戦略的調整、思想と政策の調整というもの必要性を非常に重視すべきであると思っています。いずれ森さんはアメリカへ行ってブッシュさんと会うでしょう。その時の第一回の会談が一番大事なものです。その時に相手の性格を見抜き、そして、お互いが信頼し合えることが首脳部の一番大事な使命なのです。 その他、アジアには、中国・台湾の問題、或いは北朝鮮の問題があります。 中国・台湾の問題については、一昨年の秋から言っていることで、前にもこの会で話したし、また最近の著書の中にも書いてありますが、私は次の五原則を言っています。 まず、第一番目は、日本とアメリカは、日中友好平和条約とか、上海宣言とか、中国との間で締結した条約、共同宣言を厳守する。この中には、中国は、「一つの中国」ということを言って、台湾は自国の不可分の領土であると、そういうことを言っています。日本もアメリカも、そういう中国の主張を「認識して尊重する」と、そういう表現になっていますが、「一つの中国」というところまではcommitしていない。だから今言った条約、宣言を尊重しつつ厳守する。 第二番目は、中国は、台湾に対して、最終的に言うことを聞かなければ軍事力を使うということを言って脅かしているが、しかし、台湾の人の心を得ずして統一ができるはずがない。従って、これからは平和統一に徹する。いざという時には軍事力を使うというような野暮なことは言わないようにする。 第三番目は、台湾は、独立とか国連に入るというようなことは言わない。中国を刺激したり、挑発するようなことは言わない。 第四番目は、両岸政治を復活する。汪道涵と〓振甫の両方の間でやってきた両岸の話し合いを復活する。 第五番目は、中国が言う三通政策、つまり、通信、通航、通商、この三つを中国が要求しているのを台湾は承認する。ただし、そのやり方は両岸政治で相談をする。 この五原則はどうか、実際、私は唐家旋という中国の外務大臣が私の事務所へ去年来た時に訊きました。彼はしばらく考えて、「非常に重要な問題をお聞きしたので、北京へ持って帰って研究します」と言って持って帰りました。この五原則は、大体現状でいけということです。武力を使うことになれば、アメリカは台湾を守ると思います。そうなれば、アメリカもアジアも、中国政府だって経済発展はできないし、事によれば両政府が潰れるかもしれない。そういう危険を冒す必要はない。だから、話し合いをし、時間で解決しなさいという考えです。これは一例ではありますが、日本は、日本の主張を持たなければ駄目であるということです。人が何を言うかということばかり考えて、それにどっちにしようかというような考えでは駄目なのです。おそらくブッシュ政権も、こういう考えならば、支持するだろうと思うのです。 北朝鮮に対しては、私は、アメリカと中国と韓国と日本で相談して、ケ小平の改革開放政策を勧めなさいと言っています。しかし、金正日政権は国の窓を閉めていることによって維持しているのであって、窓を開けたら政権が潰れてしまうかもしれない。しかし、そういう心配が起きた場合には、韓国、日本、アメリカ、中国が、助けてあげ、政権を潰すようなことはしない。何故なら、南北の平和統一とは、ある程度北の方が民主的に前進し、経済水準が高まらなければできはしない。今、北朝鮮は非常に経済的困難にあり、電力も不足して韓国から貰おうとしている。また、鉄道だって日本時代のレールでやっているから、これはもうほとんど腐りかけて動けない。そういう状況だからこそ、国の窓を開けて、そして普通の国になる。そして、我々はアジア太平洋の一員に早く迎える。これが我々の政策であると思っています。現に、こういう話を私はアメリカにも中国にもしています。 それからアジア太平洋地域の問題があります。 例えば、経済については、東アジア金融協議会というものをつくったらどうか。そして、その中でアジア基金をつくったらどうか。タイやインドネシアがやられた九七年の金融危機、あの時、日本は相当の金額を援助してあげた。今、アメリカの経済がガタッといった場合には、あのようなことがまた起きるかもしれない。そう考えてみると、東アジアの金融協議会をつくって、各国の大蔵大臣、情勢によっては首脳が集まって、金融協力や自分たちの金融の改革をどうしてやるか、いざという場合の協力をどういうふうにやるか、を協議する。その中には、アジアだけではなくて、IMF(国際通貨基金)も、ヨーロッパも、アメリカも入れて良い。しかし、主力は東アジアの国々が中心になってやる。そういう透明性をもって行えば、心配しないでもいい。そこにアジア基金みたいな金を日本も相当出して、いざという時のお金を用意しておいてあげる。 また、安全保障にしても、日米安保条約を片方では堅持しているけれども、片方においては、今あるASEANリージョナル・フォーラムのように、アジアの国々が集まって、ヨーロッパも入って、そして戦争の予防、信頼醸成、そういう話をこれからしようとしています。多国間でそういう協力機構ができれば、この地域の平和は非常に前進します。中国にももちろん入ってもらいます。これがこれから日本の外交の進路であろうと思うのです。 時間が来ましたので、これで終わりにしますが、最後に、これから政治家に一番大事な点は何かといえば、私が前から申し上げるように、目測力と結合力と説得力です。目測力とは、物事がどのように展開して変化していくか、そしてこの問題どのように収拾したらいいかと、その目測をする力です。結合力とは、政治家は、良い情報と良い人間と綺麗な資金を集める力です。説得力とは、外国に対する説得と国民に対する説得力を持つということです。これからは、それが非常に大事な要素になってくるでしょう。 そして、それを兼ね備えた政治家が、さっき申し上げたように、二十一世紀の坂の上を雲を見つめるようなつもりで理想と使命感を持つことを国民へ訴えるべきなのです。
(本文は、2001年1月23日(火)に、都内で行われた第九回竹村会での講演です。)
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