2001年 2月14日 中曽根 康弘

 おはようございます。
 今の時局に鑑みまして、政治というものを、どのように考え、どう扱うか、そういう話を申し上げてみたいと思います。私の独断と仮説を申し上げますので、少し生意気なことがあるかもしれませんがお許し頂きたいと思います。ともかく、今の時代の流れ、或いは政治の対応、そのようなものについて、ある程度深く考え、そして、厳しい考え方を持たないと、この時局はなかなか乗り切ることは難しい。また、今、沈下している日本を、もう一回持ち上げていくことは非常に難しい。そういう基本的な考え方を申し上げてみたいと思います。

 私は、医者に例えれば、臨床学ではなくて、病理学をやっている方ですから、病理学的な話を申し上げ、ご参考に供し、もし時間があればご質問を頂きたいと思っています。

 現在の日本の状況、政治の状況、全体を見ると、私は以前、「分水嶺にある」と、そういうことを申し上げましたが、今は、いよいよ分水嶺から峠を下りつつある。非常に重い荷物を背負って、峠を下りつつあると思います。私は、分水嶺に立ってやることは、清算と継承と発展である。つまり、過去の良いこと、悪いことを見分けて、清算をしていく。それから、過去の良いことを受け継いでいく。それから、未来に向かって新しい創造の原動力を蓄え実行していく。これが分水嶺に立って、我々がやらなければいけないことであると言ってきました。

 そこでまず、清算という意味で、我々の現代の政治や時局を見てみたいと思います。要するに、バブルが崩壊しました。その原因はどこにあるかといえば、戦後五十年の間に、良いこと、悪いことがあったが、その蓄積、それから来る金属疲労がここに来て出てきた。その金属疲労とは、一言で言えば、戦後の文明病とも言われるべきものです。これを直していくには、やはり、病理学から見極めて、如何に手術をするか、それを考えることであると思います。

 文明病については、政治、経済、社会の各々が文明病にかかり、そのバブルが崩壊した。まず、政治のバブルの崩壊を考えてみると、この現象が一つ起きたのは、やはり、宮沢内閣の時の自民党の分裂が非常に大きく響いていると思います。爾来、十年間に総理大臣が九人も替わると、そのような短期政権が続き、政治は漂流したままの状態にあります。これはちょうど、大東亜戦争の前に、国家総動員法の制定、二・二六事件の以後、やはり、短期内閣が連続し、政治が漂流し、そして遂には、大東亜戦争という滝壺に落ちてしまった。その状況に似ていると、そういう感が多少しないでもないのです。

 あの当時、金丸問題のようなものが起こって、小沢君、その他が脱党した原因は色々あるでしょう。中には派閥の中の主導権争い云々ということも言われましたが、このままではいけないという気分も、相当濃厚にあったと思います。つまり、時代の流れ、或いは文明病に対する無意識下の行動意識が動いたと、そうとも言えるのではないかとも思います。

 しかし、そのアクションの背景には、やはり、自民党は権力に慣れて、そして奢りがあったと、そういう反省もせざるを得ない。言い換えれば、旧来の陋習を続けて、権力をずっと維持してきたものですから、そのままいけるような錯覚を持ったのではないかと、今から考えれば反省するものです。また、冷たい戦争が終わった後の人心の動きというものをよく見抜けなかった。今になって無党派層というものが浮上してきて、そして、石原君とか、長野県の知事みたいな、あのような現象が露骨に出てきている。そういうことを見抜けなかったこともあると思います。

 冷戦の時は、共産ロシア、共産ソ連と戦わなければならない。従って、国家、民族が団結しなくてはならない。そういう緊張感があったのです。しかし、ソ連が崩壊した後は、世界各国の国境が低くなり、世界は散乱の時代に入った。同時に、日本の人心も散乱の時代に入ったと、そう見て取れます。それで、選択の自由を彼らが非常に持ってきました。

 そういう時に、自民党がどういう戦略を以て、何をやったら良かったかということを考えてなかったことが反省されます。あの頃は、政治改革を非常に唱導して、後藤田君が委員長になって、政治改革委員会というのをつくりました。その発想自体は良かったのですが、実際、やったことは何かと言えば、小選挙区制をつくるという程度の、選挙区制の手直しであった。確かに、これは非常に重大なことですが、それだけに終始してしまったことが良くなかったのです。やはり、党の運営自体の改革が、散乱の時代の国民の反応に応えるところまでは手をつけなかった。言い換えれば、旧套を墨守してきただけであったのです。

 その中で一番大事な問題は、やはり人事の問題があったと思います。それは、何かと言えば、目の覚めるような人事をやる、或いは思い切って若手を抜擢する、色々な意見の顕著な人間を登用するといった、「アッ」と思わせるようなことをやるべきであった。実際、そのような変化を国民も求めていたと思うのです。その変化に対応する変化を、自民党はやれなかった。このことは現在にも当てはまることであって、病理学から見ると、その辺を大いに反省し、改善しなければならないと思います。

 私は、現在の執行部は、わりあいに良くやっていると思います。この苦しく、難しい中にあって、党の結束やその他もはかっていますが、やはり、大事なことは、思い切ったオペレーションをやることです。今までの、党の政治改革のような程度のものではないオペレーションをやることが非常に必要である。私は長い経験から鑑みて、そのように考えるものです。

 次に、経済のバブルの崩壊を反省してみますと、この一番の基本は、銀行がだらしなかったと思います。銀行とは、国民が汗水たらして稼いだお金、或いは国民が老後のために蓄えたお金、その国民の膏血を預かるところです。このお金を大事に使うことは当然のことです。昔の銀行家には、国民から預かったそのお金はかけがえのない宝といった概念があったわけです。近頃の銀行家には、そういう概念が全くと言っていいほど無くなっている。例えば、住友家、三菱家にしても、或いはその他にしても、先輩達が残した、そういう概念から基づく家訓があり、それは銀行になっても続いたものです。

 そういうものをバブルに酔いしれて忘れてしまった。そして、金融機関や銀行が投機だけの業者になってしまった。つまり、スペキュレイターになってしまった。そこに一番大きな問題があるのです。それは護送船団方式という日本の金融体制に慣れてきたという要素もある。その護送船団方式、或いは銀行家のディシプリンの欠落が原因で、金融機関の崩壊が続いて、不況の大きな原因になったと思います。今、不良債権、或いは過剰人員、過剰施設、これらが不況の原因だと言われていますが、中でも、不良債権が、やはり今、最大の原因になっているわけです。そういう点を考えると、金融機関や銀行家の責任、或いはそれを監督する政府の責任は、やはり歴史的に見て、相当指摘され、反省されなければならないと思います。

 三つ目が、社会のバブルの崩壊です。これは戦後教育から来ている。日教組の教育と文部省抗争の歴史のような時代に、日教組に圧倒され、先般、それで流れてきた結果であると思います。しかし、それだけではない。一番の基本は、家庭が崩壊したことと、学校の教師が、教育の基本を失ったことなのです。

 また、ジャーナリズムの責任も非常に多い。要するに、ジャーナリズムというものが、表面的な、浮薄な世論というか、人心の動向にばかり目を奪われ、本来の姿、ある意味における木鐸としての落ち着きと権威を持った姿を失ってしまった。このジャーナリズムの傾向は、今日でも、未だ続いていると思う。これが社会に与えた悪影響は非常に大きいと思うのです。

 そのようなものが度重なって、戦後の文明病が未だ治らないでいる。それを今、教育基本法の改正等によって、基本的な面から改めようとしています。学校のシステムやその他の改善も言われていますが、文明病は病気なのですから、まず、その病巣から治療を始めなければ駄目なのです。言い換えれば、草の根から治していかなければ、そう簡単に治るものではない。表面のシステムだけ変えたからといって治るものではないのです。そういう意味から、やはり、教育改革とは、全国民運動的なものに転換させなければ駄目なのです。

 そして、ジャーナリズムの協力も求めなければならない。ジャーナリズムの協力を求めるためには相当な苦労が必要です。しかし、総理大臣が先頭に立って、ジャーナリズムと何回も懇談をして、そして色々相談しながら協力を求めていく。そういう努力が非常に必要だと思うのです。教育の体系、中教審、そのようなものも勿論大事ですが、実際は、今のような時局やら文明の状況を考えると、ジャーナリズムとの懇談と協力は、非常に重要な要素を占めていると思います。それが草の根の運動の成功に結びつくと、私は見ています。

 そこで、前から申し上げますように、分水嶺に立って、峠の上に立って、要するに、二十一世紀を展望しながら、今の三つのバブルの崩壊の後始末、整理をしなくてはいけないのです。しかし、例えば、不況という問題をみても、これは銀行自体が反省しなければならない問題です。しかし、未だ銀行自体がそういう病理学からくる深い反省、三井家や住友家の歴史的なディシプリンのような思いを致していないと思います。そのとても単純素朴なものから、もう一回出直さなければ、私は駄目であると思います。政治にしても、さっき申し上げましたように、根本を考えて、オペレーションをやる。そういう決意がないと、自民党は国民から見捨てられていくだろうと、そういう気もします。

 また現在は、バブルの後始末をやる過程にありますが、それと同時に将来の展望、言い換えれば、国家の目標を国民に示さなければいけない。そして、国民の前にその目標を提示して、それを遂行しうるための指導力を形成していかなければならない。そういう時期でもあるのです。しかし今まだ、その目標が示されていないことが我々の当面している問題です。それについては、私は歴史教育、歴史から教えられる以外ないと思っています。今の世の中は非常に相対主義になって、ある意味において、思想的にはアナーキーです。明治時代、あれだけ発展した要素はどこにあるかと言えば、昔の儒教、四書五経、論語といったものと、日本の武士道や、昔から流れてきたディシプリンが厳然として、家庭にも、国家にもあったとことです。それが明治の発展の原動力をつくったのです。しかし、今の世の中には、そういうものがないのです。

 その明治時代の、仁義礼智信、恥、或いは武士道、そのようなものは相対主義ではなく、断言命令的なものです。これを断行しなければいけないと。汝何々をすべしと。そのような命題で鍛えられたものです。特に小学校の頃から、躾を厳しく育てられた。小さい時に、みなさんも経験なさったでしょう。家で一番教えられたものは、礼儀というものですね。お父さんやお母さん、或いは親戚や、近所のおじさんやおばさん達に対する礼儀から教えられたものです。ところが、今の人達には礼儀がないですね。電車に乗ってみれば、子供が腰掛けの上に靴で上がっていたり、車内で平気で化粧している女性もいたりする。そんなことは昔は恥ずかしくてできなかったことです。事左様に、そういう流れが出てきているのです。これは病理学から見ると、そう言えるわけです。そのような面から、ここでもう一度、根本から考え直す必要があると思うのです。

 そこで、大きな目標とは何か、それはみなさんも一緒におやりになっている、憲法の問題、教育基本法の問題のです。目標とは、やはり、国家像を与えなければ駄目である。そういう意味において、憲法の問題が出てくるのです。何故なら、憲法とは、統治、立法、司法、外交、財政、社会福祉、防衛等、国家像が書いてある。また、現行のマッカーサー憲法は、必ずしも日本的でないという面の他に、戦後五十年の歴史経験に鑑みて、どこに欠陥があるかということが明瞭に出てきているからです。

 これは、私はよく言うのですが、日本民族の歴史的伝統として持っている同化力と復元力です。日本民族は外来文明に対しては、非常に好奇心の強い民族ですから、すぐ追っかけて、飛びついて、取り入れる。しかし、外来文明を入れても、四、五十年の間に、日本化してしまう。例えば、随唐の文明を入れても、平安時代の終わりぐらいには、紫式部が源氏物語を日本文学で、日本語で書くと。そのような同化力があるのです。これは島国であるが故、非常に結束力も強いし、そういう非常に濃度の濃い文化力を持っている。その濃度の濃い文化力というものが外来文明を同化する力をもっているのです。

 明治維新の時も、西洋文明を入れて、鹿鳴館時代みたいなバカなこともやったが、やはり、明治二十二年に、プロシア憲法を模範して、日本化し、大日本帝国憲法をつくった。それで民族の結束を保ち、日清、日露の戦争に勝って明治時代を築いた。これも日本民族の同化力です。和魂洋才と言いましたが、西洋文明の洋才を入れたが、和魂でこれを成し遂げたのです。福沢諭吉、渋沢栄一、或いは当時の色々な人達を見れば、和魂洋才ということが明確に分かります。

 現代を考えてみると、表向きには和魂洋才と思えるが、何かが足りない。何か、日本人が西洋文明に惑溺したような感じもあるし、自分というものを失っているようにも思える。それをもう一度考え直すということが必要と思うのです。 要するに、相対主義から離れて、カント的な断言命令、儒教的な教え、或いは神道的な教え、そういう日本の固有のものをもう一度考え直して、それを思想の主流に、もう一度、持ち上げなければけないと思っています。

今、世界は、グローバル化が進み国境の垣根が低くなってきている。また、インターネットの普及で、世界中の個人が結ばれるようになった。また、経済においても、電子マネー等が出現し、市場経済では、国境を越えて、WTOその他によって、商品が流通し、お金が流通する。一瞬のうちに何十億ドルものお金が動く。そういう色々な変化が出てきている。しかし、それをやっているのは人間である。あれは道具にすぎないのである。それが、やっている人間が自分を失ってきたらどうなるか、相対主義の漂流になると、そう言わざるを得ないでしょう。

 そのような面から見て、国家というものを考えてみれば、先ほども言ったように国家像が全て書かれている憲法について考えることが、五十年、百年にわたって二十一世紀の日本をつくっていくための我々の目標なのです。その根っ子を、今、我々はつくる責任を持っている。そのような感覚に立てば、やはり、憲法を何とかしなくてはならない。そう考えることが当然であり、普通の人間ならそう考えるだろうと思うのです。

 それと同時に、憲法の基礎、社会の基礎にあるのが教育です。今、教育基本法の改正の問題が提起され、政治日程に上ってきています。教育基本法とは、昭和二十二年にできたものです。ちょうど、私が代議士に初当選した年で、それが手掛けられた過程も心得ています。マッカーサーがアメリカから教育調査団を呼んで、日本の教育を調べさせて、そしてリコメンデーションを出したのです。しかし、同じ敗戦国であるドイツは、自分の教育をやると、憲法についても、憲法ではなくて、基本法という形で、独立したら変えるのだと、そういう非常に主体性をもってやったのです。日本の場合には外来文明に飛びついた。そういう要素が非常に強かった。漸く今になって、同化力や復元力というものが出てきた。だから、これをしっかりやらなければならないと、そう思っているのです。それで、その上に立って、これはもう、秋以降の話、参議院選以降の話になると思いますが、財政構造改革基本法の問題、国家安全保障基本法という問題が提示されてくるでしょう。

一九九六年に、橋本・クリントンの共同声明を出して、そして、安保に対する日本側の仕事の分担範囲というものを、一つ明らかにしましたね。今までのような日本側のいじけた考え方を払拭し、同盟条約というものから来る、また憲法的制約の下に、ここまではやれるという意味で、アメリカ側の要請もあって、ガイドラインをやったわけです。そういうような情勢下に、漸く、ここで出てきたのは、安全保障というものをもう一度考え直そうということです。そこで大事なことは、アメリカから言われてやるのではなく、日本が自らのこととしてやらなければならないという気概です。今までは、その場を何とか乗り切るための、政治的なタクティクスのような感じでものが処せられた気配があり、また、海外の周辺諸国に遠慮しすぎて、手をつけず、さぼっていた気配があります。例えば教科書問題とか、従軍慰安婦の問題とか、或いはその他の色々な問題と、色々な歴史カードが使われて、そのため日本人自体の自主的判断力というものが薄れてきました。しかし、これからは、安全保障の問題を、自主的に、国民全体の問題として取り上げて考え、国民全体の考えを、そういう政治の上に表面的に出しておかなくてはいけない時にきているのです。

例えば、集団的自衛権の問題にしても、私は以前から「集団的自衛権は行使できる」と、言っています。いつまで、法制局長官の見解に総理大臣が従っているのかと。総理大臣に自主的判断はないのかと。そういう不満を内心持っています。集団的自衛権とは、私に言わしめれば、これは個別的自衛権の延長線にあるのだ。自分で、一人で守れないから、相手と同盟条約を結んで守るのである。相手との同盟条約とは守る手段であって、自衛権の発動とも言えるわけです。自衛権を行使できて、集団的自衛権が行使できないというのは、これは、甚だ不思議な話です。マッカーサー司令部がいたころ、憲法の解釈をやらされて、必要最小限を超えるからそれはできないと、そういう判定になっていますが、では、必要最小限とは誰が決めるのかと。 どこに境界線があるのかと。それは非常に曖昧なものなのです。

 ですから私は、集団的自衛権の行使はできる。ただし、それをどう行使するかということは、国家安全保障基本法をつくって決めなさいと、そう言っています。ここまでは政府がやれる。これ以上は国会に報告する。これ以上は国会の承認がなければできない。そのようなブレーキをつくる。そして集団的自衛権の行使を明瞭にして、透明性を持たせる。周辺諸国にも、世界にも、国民にも知らせる。そういう態度が必要だと思います。

 そのように、教育基本法、国家安全保障基本法があります。それから、財政構造改革基本法、また社会保障の問題があります。老人介護、医療の問題、年金の問題。これらは、大体、財政構造改革の中に入ってくる問題です。要するに、お金をどう使うかという問題でもあって、システムの問題は、要するに、お金の使い場によって変わってくるわけです。だから、社会保障も非常に大事な問題ですが、財政構造改革の一環として、これは考えていけばよいのです。

 それで、参議院選挙前は、非常にデリケートな時ですから、今のような状態でいるのが精一杯でしょう。それから選挙対策というものも考えれば、取捨選択を自ずから考えるということも必要な点でしょう。しかし、参議院戦後にどうするか。国家の長い生命力を見ながら、我々が子孫に対してどういう仕事をしなければならないかという問題を、参議院戦後においては厳粛に考えていかなければならないと思っています。

外交においては、アメリカのブッシュ政権が出てきて、新聞でご覧のように、アメリカのブッシュ政権は外交の軸足を中国から日本に移したと言われていますが、私も、そうだろうと思っています。それは、ブッシュ、或いは国防長官になったラムズフェルドの言明を見ても分かります。昨年、INSSが、成熟期における日米関係というリポートを出しましたね。あれを書いたアミテージ、ウォルウィッツ、或いはグリーンといった人達は、ブッシュ(父)政権時代、或いはレーガン時代の対日政策をやった人たちです。その彼らがホワイトハウス、及び国務省、国防省に復活して、一段格上になったわけです。今朝の新聞のように、アミテージは国務副長官になったようですね。それから、ウォルウィッツは国防副長官になったわけです。そのような形で軸足を日本に移した。そのような面から見ると、先程言いました安全保障問題、国家安全保障基本法という問題は、いずれ登場してくるです。また、それをみんなでやらなければいけない。先程も言ったように、何もアメリカから言われてから、やるべきものではなく、我々自体が、先に、自らのこととしてやらなければならない問題であると、そう思っているのです。

 そこで、そういうものを推進していくための工程管理の問題があります。それで、まず考えなければならないことは、国家的危機感への自覚が、今、国民にも、政治家にも、非常に不足していることです。私はそのことを非常に痛感しています。色々な問題が出てきていますが、日本はこのまま行けば、沈没してしまう危機にあることを明確に自覚し、また、国民対しても、その状況を伝え、この状況を打破するために、我々はこうするという誠実な態度を国民に見せなければいけないのです。旧套を墨守して、今までの延長線上で行くことを、国際情勢も日本国民も許さないと、そう私は思います。今、政治の主導権を握り、大黒柱になるのは、ここにいらっしゃるみなさんの、自民党や保守党です。私に言わしめれば、新保守自由主義というような基本思想にたってやる、また、国家を大きく動かして改革をやろうと思ったら、中心理念、中心哲学が要るのです。ですから、我々が今まで言ってきた、新保守自由主義とは、やはり、正しいものであると、改めて今認識するものです。

 また、日本が、ここでもう一度立ち上がれるか、立ち上がれないかということは、日本の運命のみならず、アジア全体の運命に関するものです。それだけの責任があることを日本は痛感しなければならないと思います。大東亜戦争で、大変迷惑をかけたアジアに対して、我々はODAその他で非常に面倒を見てきたわけですが、それは、日本が力があるからやれたのであって、力がなくなったら、それもできません。そういう意味において、日本国民に対する責任が第一ですが、アジアの諸国に対する責任も我々は持っているのです。

 そのような点を考えてみて、この国家的危機に対して、何をしたらいいか。それには、政策目標を明確にすることと同時に、それを実行していく政治的基盤をつくらなくてはいけないと思います。これは特に参議院選後の大きな仕事になっていくでしょう。教育基本法や憲法の問題を現実的に処理しようと思えば、自民党一党だけでやれる問題ではなく、やるべきでもなく、やはり、国民的な総力を結集するという形でいくべきです。何も国家総動員なんていう言葉を、私は使いませんが、それだけの危機に日本があるという認識を与野党ともにもたなければならないし、 国民の前に、それを提示しなければいけないのです。権力争奪戦も、政治の大事な要素ですから、その点も大事にしなくてはいけないが、それ以上に大事なものは、国家の運命である、そういう明確な認識をもっていかなければいけないと思います。

 例えば、イスラエルという国を見ますと、この間総選挙、首相公選がありましたが、それで、リクードのシャロンがもう一度復活した。労働党のバラクは、今度は転落した。しかし、シャロンがあれだけ大勝しても、超党派の連立内閣をつくろうという超党派内閣の動きが出てきて、国民もそれを支持しているし、負けた労働党もそれに参画するという態度を取っています。やはり、これは周りのアラブ諸国の重圧に対抗して、イスラエルを守り、或いは、あの神殿を守ろうと、そのような明確な意識のもとに、国家的危機を、彼らは痛感しているのです。アラブに取り囲まれて、今まであれだけの戦争をしてきたことですから、そのような形で動くわけです。  日本の現状は、イスラエルに負けない以上の国家的危機にあると思います。財政問題一つ考えてみても。そういう認識を、政治家や、我々国民が持たなくてはならないのです。今言ったような大きな大目標を実行するについては、超党派的な力を結集していくというのが、参議院戦後に必ず必要になってくると、そう私は思っています。

 これは、鳩山君にしても、小沢君にしても、今は野党でいるが、彼らも日本人であって、そういう大事なポイントについては自覚はあるのです。また、自民党自体が、どういう態度に出るかということも、非常に大事なことです。しかし、自民党自体は、長い間政権を維持してきた経験もあるし、非常に人材が豊富です。何故ならば、内閣を何回も作ったり、色々やってきているから、人材が育っている。他の党にない人材が豊富なのです。経験も多いし、海外的な知己も多い。そのようなことから、自民党はいかなる場合にあっても、当分の間は日本のバックボーンになる。大黒柱になる。それ以外にない。そう私は自負していますし、自覚もしています。  ですから、そういうものを秘めながら、やはり、他の党の協力も求め、できるだけ、超党派の力で今のような大問題を処理していくという、大局的な見地が必要なのです。そのような方向にもって行くためには、これは党の運営の刷新、特に人事の刷新、そのようなことについて、やはり目の覚めるようなことをしなければ、国民もよく解らないし、他の党も理解ができないだろうと思うのです。 “目の覚めるような”、とは、最近の例で言えば、石原慎太郎君が東京都知事になって、彼の行動を見ると、役人が考えつかなかったようなことをスパスパやっていて、東京都民は非常に気持ちが良さそうな情勢ですね。或いは長野県の新しい知事が、出てきましたけれども、彼のやり方などを見ても、目が覚めるようなことです。

 何度も言ってきましたが、自民党は旧套を墨守して、このままの状態でいつまでもいていいものではないのです。目の覚めるようなことをしなければ駄目である。我々は国家の背骨である、大黒柱である、そういう自覚を持って、乗り出していくことが、必要であると思っています。

 色々申し上げましたが、そのような究極的な新しい政治基盤、超党派的政治力の結集、そして、日本の力をつくり上げていく仕事が、参議院戦後に出てきます。しかし、その後には、今度は衆議院の解散問題が浮上してくるでしょう。これは政治家の仕事ですから、当然考えておかなければいけないことですね。

 今、自民党は非常に苦境にある。我々同士も日夜苦悩しています。特に、参議院選に出られる方々は、非常に心配をしていらっしゃると思います。これは、みんなの総力をあげて、ともかく我々の力を確保していかなければなりません。しかし、その後、どのように日本の政局を動かしていくか、解散問題をどのように処理するか、そういう問題は、今のような国家的大目的、超党派的な大きな仕事、要するに二十一世紀の根っ子を、今、我々はつくらなければいけない歴史的責任を持っているという感覚に立って、処理していくべきなのです。それが冷戦後、散乱状態になった国民の心理、求めている国民に対応できる基礎になるだろうと、そう思っています。  だいぶ長話をして恐縮ですが、以上を申し上げまして、ご批判賜りたいと思います。どうもありがとうございました。 

 質 疑 応 答 

(本文は、2001年 2月14日(水)、参議院新世紀政策研究会での講演です。)
  21世紀、日本の進路