2001年2月27日 中曽根 康弘

 江沢民国家主席閣下、ネパール国王陛下、ご来賓の皆様、
また、このフォーラム創設を先導されましたラモス元大統領閣下、ホーク元首相閣下、並びにフォーラム創設への諸準備と歓迎に努力して頂きました杜海南省書記、陳錦華中国人民政治協商会議副主席の皆様の努力に心から敬意を表したいと思います。

 一九九一年、ソビエト社会主義共和国連邦が崩壊し、冷戦が終わって以来、世界は多様性と散乱の時代に入っています。冷戦時代、米ソ両国の強力な磁石で吸引されていた鉄屑は、電気が切れたことによって散乱し、フロンティアは自己の中に存在することとなり、個人も国家も地域も己のアイデンティティを確認、強調する状況になりました。ナショナリズム、リージョナリズム、グローバリズムの共存時代に入りましたが、ここでは特にリージョナリズムの動向について述べたいと思います。

 地域の国々は、その連帯協力の必要の現実に立って、各種の地域的連帯の機構を作っています。ヨーロッパのEU、北米のNAFTA、南米のメルコスール、アジアのASEAN、太平洋のAPEC、インド洋のSAARC(South Asian Association for Regional Cooperation  南アジア七カ国地域協力連合)、PECC、APPF(Asian Pacific Parliamentary Forum)などは、その例です。

 東アジアでは、ASEANがリージョナリズムの先駆的機動力として活動しています。それは、ASEANの中立性、独自性、寛容性による地域連帯の性格が、この成功をもたらしたものと思います。このASENAの影響で、ARF(ASEAN Regional Forum)といった安全保障上の地域連帯協力機構も生まれ、また、アジアとヨーロッパの対話提携を志すASEMも結成されました。最近、特記すべきことは、ASEAN十カ国プラス東北アジア三カ国(中国、韓国、日本)が活動をはじめ、これを受けて中・韓・日東北アジア三カ国の対話も制度化する努力が行われていることです。

 東アジアの地域的連帯を強化した一因に、一九九七、九八年の東アジア金融危機の勃発があります。これは、米国系のヘッジファンドの操作を端緒として起こされたものでありましたが、この危機の過程において、比較的IMFや米国の協力不足が指摘されました。その危機の時に、中国が元の切り下げを行わず、貨幣価値を維持されましたことが、関係各国に大変評価されました。

 かくて、爾来、東アジア金融経済協力機構の結成が唱えられ、この地域の金融的連帯及び共同防衛、内部改革の相互協力、東アジア基金の設立等が論ぜられています。もちろん、これらの機構は、閉鎖的なものではなく、透明性を持ち、IMFやEUやNAFTAあるいは、世界銀行、アジア開発銀行の代表等も構成員、またオブザーバーとして迎えられることがよいと思いますが、その主体は東アジアの諸国の協力にあると考えられています。もし、オーストラリアが加入の希望をもたれれば、そのとき検討されるべきものと思います。この機構が結成され、財務大臣や大統領、総理大臣等の定期協議会を持つようになれば、東アジアの地域連帯性はさらに強まり、世界経済機構の補完的機能として有意義な存在となり、グローバルとリージョナルの相互反応作用も生まれ、世界経済発展のために、大きく貢献すると思います。

 最近、WTOの前進とともに、各国間に、また、諸地域間に、自由貿易協定の交渉が進んでいますが、これらの自由貿易協定の積み上げの上にWTOも機能を発揮していくものと思われます。

 このような情勢の時、二十一世紀の初頭にボアオ・フォーラムが設立され、我々が目指したところが実現されれば、極めて意義のあることと思います。それは、その宣言構想にあるように、オーストラリア大洋州を含むアジア(以下、アジアと総称させていただきます)における経済及び社会の発展の問題について議論し、アジアの主張を展開すること、ならびに政治経済、文化、科学技術等における、より深い相互依存関係、及び地域の統合を促進することに、あらゆる努力と支援をするための意見交換の場として、このフォーラムが設立されようとしているからであります。その特色は、多様性の中に独自のアジア的視点に立ちつつ、世界を意識しての相互協力の討議を行うことにありますが、いわゆるダボス・フォーラムとは次の点で、大きな相違があると思います。

一. ダボスの寒さとアルプスの高い山に対し、ボアオは暖かく、太平洋の広い海に開 かれていること
二. アジアの地域的、文化的特徴を基調にして、世界への発信、交流を行うこと
三. 経済問題が中心にあるが、教育や文化や科学技術等その討議範囲が広がっていること
四. 二十一世紀文明へ向かって、その個性を維持しつつ、フレッシュな取り組みとスタートを切ること

等がうたわれていることであります。
 私は、このボアオ・フォーラムについて、次の四点を基本原則として、申し述べたいと思います。

一. 民主主義的価値、経済改革開放の重要性の強調
二. アジアの多様性、独自性の承認と連帯と協力、そしてアジアからの有効な発信
三. グローバリゼーションとの協調と利益の最大化、地域産業等におけるディバイド解消、経済的社会的弱者や地域への特別配慮
四. 宣言案の目標にあるように、グローバル化している世界から生じる貿易、産業、投資の機会をとらえるための地域全体の戦略的な結びつきを促進すること
五. アジアに関心を有する全ての人々に対し門戸を開いておくこと

であります。  勿論、このフォーラムは、非政府、非営利の自由な個人の集合的国際組織でありますから、その資金、人材、運営等は完全な民間人による自主的組織であり、アジア自身、およびその他の世界との調和した強力な組織に将来発展させたいと念願するものです。それは現在の多様と錯乱の世界と時代に大きく貢献することができると確信します。

 思えば、数千年以前より、アジアには深遠で広大な思想や哲学や宗教がありました。その思想や哲学や宗教は現在も我々アジア人に伝えられ、生活の指針となっています。二十一世紀の初頭の現在は、前世紀末より、IT革命、高度情報化社会、DNAやヒトゲノム解明急速な宇宙研究など超先端科学技術の時代に入っています。しかし、この超先端科学技術が行き着くところには、広大な不可知の世界がまた存在しています。

 例えばヒトゲノムの解明が、終局的に進んでも総合的判断力を持つ人間自体の全体的解明は不可能でしょう。しかし、科学が進めば進むほど、そのスタートから現代に至るまで、分化と分裂を繰り返してきた宇宙や生物の実態は明らかにされるでしょう。そのことは、二十一世紀における思想や宗教にも大きな影響を与えるかもしれません。

 私は一九四七年以来、五十三年間国会議員として、戦後世界の政治経済や文明を見詰めてきましたが、確かに世界の文明は地中海から大西洋に、そして二十一世紀は太平洋の時代になるであろうとの予感がしてなりません。そして、先端科学技術が進めば進むほど、我々の祖先が残してくれた精神文明が貴重に再び取り上げられる時代が訪れるであろうと確信しております。自由で開放的な市民社会がたくましく成長発展すると同時に、我々の祖先が残してくれた深遠広大な世界観が現代化され、普遍化される新しい時代を迎えなければならないと思います。

 そして、民族の自主性や国家の尊厳を維持しつつ、世界と手を握りながら、人類的意識と地球を大切にすることを願うものであります。

 このボアオ・フォーラムは、経済や金融が主題であるように思いますが、このようなアジアや世界の精神文化についても互いに真剣に討議し、その結果を世界や子孫に伝えていくべき時代に入ってきていると確信します。

 中国の江沢民主席が、このフォーラムの結成に特別の関心を示され、その結成準備について精神的激励を与えられ、本日わざわざ御臨席を頂いていることに、私は感謝と敬意を表すのもであります。

 ボアオの海は青く、森は緑で、人々は誠実でやさしく、この設立総会が二十一世紀におけるアジアと世界の覚醒の起点になることを願う次第であります。

 ご清聴ありがとうございました。

(本文は、2001年2月27日(火)、ボアオ・フォーラムでの講演です。)
  21世紀の世界及び
  アジア覚醒の起点