2001年 4月 7日 中曽根 康弘

 現在の日本は戦後最大の国家的危機にある。この現状を如何に打破するか、混迷の中にいることは誠に憂慮に堪えない。

 一九九〇年代の日本の政局を見ると、太平洋戦争直前の昭和十年から昭和十六年の開戦に至るまでの日本を想起せざるを得ない。あの時は七年間に八人の総理が変わった。岡田、廣田、林、近衛、平沼、阿部、米内、東条の諸氏である。この時代は世界的、長期的視野を持たず、ヒトラードイツとの連携を一方に抱えつつ、他方で日中戦争の処理に苦悩し、そのつど内閣を変え、時局の臨床的処理に狂奔した。その結果、遂に太平洋戦争に陥ってしまった。現在の日本は竹下内閣の後、宇野、海部、宮沢、細川、羽田、村山、橋本、小渕、森、更に今回変われば約十年間に十人の総理が変わることになる。今回は、米ソ対立から、冷戦後の世界散乱の時代に移行したのと同様、日本も散乱の時代に直面し、主として財政経済政策に苦闘し、目先の手当てに終始して、短命政権と国運の衰退を招いた。このことは深く反省しなければならない。思えば今の時代は、戦後五十年に亘る自民党中心政治の金属疲労が出て、政治、経済、社会の三つのバブルが崩壊した時代である。政治のバブルの崩壊は、政策の一貫性を欠いた短命政権の連続である。経済のバブルの崩壊は、金融や企業を中心とする護送船団方式の欠陥露呈である。社会のバブルの崩壊は、各界における犯罪の激増、教育の崩壊に現れている。このことは特に戦後導入された過度な英国の功利主義、フランスの個人主義、米国の実利主義の氾濫により、日本固有の道徳律や社会的規範が衰退した結果でもある。

 今や日本は、この三つのバブルの崩壊の善後処理に追われている最中である。それは戦後の文明病の克服として指摘される。今、この文明病の克服のため、様々な対策が進められようとしているが、この危機を打開するために共に苦労を分ち合おうという国民の決意と、これを誘導できる強い政治力が誕生すれば、そう長期間を要せず突破できると信じている。その為には現実的対処策を強力に推進すると共に、国民に希望と努力目標を示す二十一世紀の日本の設計図、青写真、即ち国家像を示さなければならないのである。

 その国家像は実に憲法にある。従来、国民による憲法改正支持は反対が多数で、賛成が少数であったが、最近の調査では概ね賛成が約六十%、反対が約三十%と大逆転している。これは日本民族固有の歴史的、伝統的文化の同化力が発現してきたものと考える。かつて隋唐の文明を入れ、数十年経って紫式部が源氏物語の日本文学を作った。また明治維新後、欧米文明を入れ、和魂洋才の下に、鹿鳴館時代のような軽率なこともあったが、憲法以下社会体制を日本化し、日清・日露の戦争に勝ったことなどは民族的同化力の発現である。私は、この民族的同化力から見て十年以内に憲法改正は実現すると見ている。それと共に、三つの国家の基軸を成す基本法の制定が必須である。一つは、教育基本法の改正である。これは既に政治的日程に上っている。二は、財政構造改革基本法である。六六六兆円といわれる国の長期債務は国及び地方公共団体が国民から借りた債務であるから、利子を払って当分塩漬けにし、まずは毎年の所謂プライマリーバランスを超える予算不足、現在約十一兆円といわれているものを数年の内に解消すべきである。そのために財政構造改革基本法を成立させ、次に、その長期債務に手をつける工程管理も国民に示して、国民の協力を求めるべきである。私が行政管理庁長官として、行政改革に取り組み出した昭和五十六年には、当初約六兆円の予算不足があったが、翌年、総理に就任した私は、増税なき財政再建の名の下に、予算の削減、給与の節減、人員の整理、税制の転換、国鉄・電電の民有化等、様々な手を打って、約五年でこれを解消した。三は、国家安全保障基本法の制定である。米国のブッシュ政権の出現に伴い、やがて集団的自衛権行使の問題が政治課題となるであろう。現在のブッシュ政権の中枢にある政策責任者には知日派が多く、彼らを中心に民主党の有力者も含め、超党派で作ったINSS報告が大統領に勧告されている。その中の重要項目の一つが、日本の集団的自衛権行使実現の問題である。私は以前から現憲法下においても集団的自衛権行使は合憲であると主張してきた。自民党の国防部会も先般同様の見解を策定した。また野党にも肯定している有力な政治家が存在する。しかし、政府はこれを否定している。何れは、集団的自衛権行使の体様を政府国会の監督下に行う基本法を制定し、安全保障政策に節度と透明性を持たせ、国の内外に安心感を与えることが必須である。

 現下の政治の結論を述べれば、第一に、日本は前述のことを遂行し得る清新な指導者と指導者を補佐する革新的な集団的体制が必要である。第二に、日本は伝統的に国家戦略が欠落している。国家戦略を政府の体系の中で専門的に策定する中枢部局を総理、官房長官の下に作ることが急務である。第三に、前述のことを実現するために参議院選挙後の適当な時に政策を中心とする推進政治集団を形成し、日本の国策推進基盤を整えるための政界再編を行う必要があるのである。

(本文は、2001年4月7日(土)、朝日新聞(朝刊)「Opinion」に掲載されました。)
  安保や財政軸に
  政界再編を