| 2001年 8月 中曽根 康弘 |
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一、 講和条約、安保条約五十年の検討
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| 戦後五十年の評価 | ||
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―― サンフランシスコ講和条約、日米安保条約調印から五十年経過したが、当時の選択や、その後五十年の間、日本がどのような道筋を辿ってきたかについて総論的な評価を。
中曽根 講和条約については単独講和か、或いは全面講和か、という議論があったが、単独講和を選んだことは成功であり、また、同時に安保条約を締結したことも成功であった。何故なら、それは世界の趨勢をきちっと見て、歴史の流れというものを基礎に考え、世界の歴史の本流に乗るという選択をしたからだ。つまり、アメリカとの間で、価値と利益の共同体を、吉田内閣が選択し、われわれも賛同した。価値という意味は、自由、民主、人権、或いは国際協調である。利益という意味は、アメリカの膨大な市場と高度な科学技術に日本が直接触れて、手に入れるというチャンスを作ったことである。結果的に、この選択が、その後の日本の高度成長につながったのだ。 ―― 当時、安保条約そのものにも、また、米軍がそのまま駐留することにも違和感のような感情もあった。米軍駐留を認めたことについて安全保障上の歴史的な評価については。 中曽根 当時、安保条約を結ぶ限りにおいて、やはり、米軍の軍事力というものを利用する、その代わり基地も提供するという交換条件は不可避であった。ただ、安保条約締結の状況は結果論である。そもそも、あの時に吉田さんが、国民に見えないところで、しかも単独で、あのような不平等的条文のある条約を結んだ、そのやり方も悪かった。もっと事前に国民にも理解させ、透明性を持ってやるべきであったのだ。だから、私自身、国会での採決において講和条約は賛成したが、安保条約の時には欠席し、棄権したのである。その後は条約改正を訴え、岸内閣の時に改正した。 ―― 安保条約も冷戦終結で役割そのものが変わっている。その下での日米同盟の在り方を現状でどうご覧になっているか。 中曽根 安保条約とは、日本が非核三原則を堅持している、また、近隣に核兵器を持ち、或いは持っているとの疑惑がある、中国、ロシア、北朝鮮といった国々がある以上は、国民の安全を保障するためにアメリカの核の傘に入ることは不可避である。即ち、非核イコールアメリカの核の傘、安保条約イコール基地の提供という構図は避けられない状況だろう。ただ、それを如何に具体的に、合理的に調整するか、という応用問題、実施上の問題については、よく研究し、改善していくべき問題だと思う。 以前、NATOは対ソ連戦略上、軍事的意味を持っていたが、ソ連が崩壊し、冷戦終結後は、非常に政治的、警察的な色彩が強くなってきている。それと同様に日米安保も、一番強敵と目されていたソ連の崩壊という現象によって、非常に政治同盟的な色彩が強化されていった。そのような状況下において、今後の日本の安全保障政策としては、一方で、安保条約を基礎に堅持しながら、もう一方ではアジア地域における多国間の安全保障機構の構築に努力すべきだ。実際、ASEAN Regional Forumは、今その過程にあるが、現段階では信頼醸成措置までである。これを予防外交から、更には紛争の調停や解決までもっていくべきだと思う。 | ||
| 基地問題の処理方法 | ||
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―― 東西対立がなくなったことで、兵力構成、或いは基地縮小の問題が大きなテーマになっている。その現状についてはどう見ているか。
中曽根 この問題は情勢の変化、特に日本周辺、例えば、ロシア、北朝鮮、中国、或いはASEANといった周辺諸国の情勢の変化に応じて、常に検討を加え、必要な応用的改革措置を考えておく必要がある。私が総理、また防衛庁長官の時に米軍基地の相当な整理縮小を行った。そういうラインは今でも続けられていているが、今では特に海兵隊の問題が俎上にのぼってくる。その解決には日本側の安保条約に対応する自主的な協力措置を前進させる必要があるのだ。つまり、現段階においては集団的自衛権の行使というところまではいかないにしろ、将来的には集団的自衛権の行使まで前進するという明確な目標も持ち、かつそれに至るまでの間に、ガイドライン(周辺条項)や集団的自衛権の将来の具体的運用について、できるだけ協議し、明確な基準を定めていくべきだ。そのような両国間の了解、或いは努力が必要だろう。それが基地の縮小につながっていくようにするのだ。 それから行政協定の不合理な部分については、将来は改定するという方向で、当面は運用の改善に努力すべきだ。 | ||
| 集団的自衛権は行使できる | ||
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―― 集団的自衛権の問題だが、自衛ということを本来考えるならば、集団、個別という法理的解釈の論議に惑わされるのはどうかという指摘もあるが。
中曽根 私は以前から集団的自衛権行使は合憲であると言っている。今、「集団的自衛権はあるけれども、行使できない。なぜならば、防衛上の必要最小限を超えるからだ」という法制局の解釈に総理大臣が従っているが、そんな態度では駄目である。総理大臣が法制局長官を指示して、動かさなければいけないのだ。私は総理の時から一貫してそのような態度を取ってきた。 私に言わしめれば、自分の国を守るために相手と同盟条約を結んでやる以上は、自分を守ってくれるなら、相手も守るというのは当然なのである。例えば、日本が何らかの侵略を受けそうな時、或いは受ける時に、米軍が日本に救援に来る、その時、米軍の艦船や航空機が相手国から攻撃された場合、果たして自衛隊が黙って見ていていいのか。それが特に日本の近辺において行われる場合は、当然自衛隊が相手を攻撃するのが当然である。これは自衛権の範囲内である。自分は守ってもらうが、相手を助けない、これでは保護国のような条項になる。しかし、今の法制局の解釈だと、それは集団的自衛権に入るというが、私は集団的自衛権とは個別的自衛権の延長線上のものだと思う。こっちの意見の方が合理的だ。ただ、一面において基地を提供するとか、或いはアメリカが日本周辺から湾岸に至るまでの安全保障を守ることに貢献することは、対価としてはかなり大きな要素があるので、その点をアメリカに強く認識させる必要もある。 つまり、集団も個別も自衛権という名前が書いてある以上は、それを銘記して、集団的自衛権問題を徐々に、これから国民的理解を得るよう努力していくべきだ。ある段階では総理大臣が決断すれば、これは前進する問題である。 また、この個別的自衛権、集団的自衛権の問題は、これから日米関係の基本になる大きな問題として登場してくることは必然である。事実、昨年のアーミテージ・リポートで既にそういうラインを言っているのだ。 ―― 現職の総理が、決断、政治的判断をするタイミング、環境は、どういう時点が望ましいと考えるか。 中曽根 それは、日本周辺において、そういう決断をする状況や事件が起きた場合、或いは基地の整理、その他について、アメリカが非常に大きな譲歩をしてくるといった、そういう様々なことが想定されてきた場合に、総理は決断すべき時があり得ると思っている。 | ||
| 対米外交の深度を強くせよ | ||
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―― ブッシュ政権は、日本に対する理解もある一方で、米国の一国主義が指摘される状況がある。米国とどういう付き合い方が望ましいのか。
中曽根 現在のブッシュ政権の対外政策を見ると、いわゆるUnilateralism、アメリカの一方的主張で押しまくっている、そういう印象を与えているのは非常に良くない。これは米国のニューヨーク・タイムズも指摘している。例えば、地球温暖化の京都議定書の問題、ABMに対する対ソ交渉の問題、小型武器の国連協定の問題、或いは生物兵器禁止条約の問題、CTBT(包括的核実験禁止条約)の問題、更にはロシアとの核削減条約、これは上院の批准をするのをブッシュ政権が抑えている。これらの諸項目について、今のブッシュ政権が非常に今までと違った、一方的、実質的な立場を取り、世界的に大変批判を受けている。しかし、何れブッシュ政権もある意味の妥協なり、修正なり、世界的、国際的調和のラインに個別的に出てくるだろうと、そう見ている。だから、そう悲観すべきものではないと思っている。 ―― そういう米側に対し、日本として働きかけたり、アプローチしたりすることは。 中曽根 この間、小泉君がブッシュさんと第一回の会談する時に、小泉君に助言しておいたのだが、「第一回の会談というのは一番大事である」。「この人間は信頼に価するか、約束を守るか、両方がそれを確認して人間的信頼で手を結ぶ。それができたら後は具体的問題で解決していく。それが一番大事だ」。また、「両方カウボーイだから、裸になってやればうまくいくよ」と言った。その通りうまくいったと私は見ている。しかし、それには、相手が困った時にはこっちも犠牲を受けて助ける、こっちが困っている時は、向こうが犠牲になっても助ける。そういうことが大事で、その前提としては、現の世界に対する情勢認識の一致、それから、世界戦略やアジア政策、今後の日米関係の戦略的な思想と政策の一致、それを具体的にどう展開していくか、どこに限界があるか、そのような問題について、首脳間で基本を理解し合っていることが重要である。私はレーガンとの場合、そういう基本線をある程度話し合った。小泉君がやっているか、やっていないか分からないが、今言ったような基本的な認識や戦略合意を一致させ、後は下に持っていってやらせればよいのだ。 ―― 中長期的な日米関係の在り方、安保体制を今後更にこういう方向に変質していくことが望ましいのではないかというお考えは。 中曽根 それは対中国が一番の大きな問題である。台湾も含めて米中関係がどう進むかということ。われわれは、経済より、安全保障上の問題として、その問題に非常に関心をもって注目していかなければならない。しかし、私の予測では、中国も国内政情、経済力、その他の面で、アメリカと事を構えることは瀬戸際で回避すると思う。アメリカも同じように瀬戸際で回避するだろう。私は、アメリカと中国が事を構える可能性は非常に少ないと判定している。しかし、小さな瀬戸際は何回か起こるだろうが、その時に日本がうろたえず内面的に両国間の掛け橋となり、話し合いで解決させる。それができて、お互いがある程度妥協し合えば、アジア太平洋地域の平和は確立されるだろう。 今、アジア太平洋地域の多くの国、例えば、韓国、タイ、シンガポール、フィリピン、オーストラリア、ニュージーランドなどは、米国と同盟条約、或いは協定を結んでいる。つまり、この地域には米国とのスポーク状の同盟条約のネットが太平洋に動力線のように埋没している。それである程度平和が維持されているわけだ。これはある意味において、ヨーロッパのNATOに匹敵すべき多角関係がある。それを基礎にしながら、如何に、中国と話し合いを付けて、その中に誘い込むか、入らないにしても、共存するという形に持っていくか。それが、ASEAN Regional Forumを通じた仕事であると思う。日本はそういった問題について、定見をもって、指導力を発揮すべきだ。それがこの地域における今後の日本の外交戦略である。 ―― 日本の外交を見ると、日米関係は比較的うまくいっているが、近隣外交は、やや回し方がうまくないという気がするが。 中曽根 日本という国は明治以来、伝統的にバイはうまくいく。日英同盟を見ても。しかし、マルチは極めて下手な外交能力しかない。これは今でもそうだ。それは何故かといえば、自己の定見、それとそれに伴う積極的戦略、それが内閣にないからである。それを至急に構築しなければいけない。それを超党派の政治力で形成していくことが非常に大事であると思う。 二、 集団的自衛権と周辺外交
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| 民族の文化的同化力と憲法改正 | ||
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―― 最近、「論憲」という単語が頻繁に使われてきている。改憲を生涯の政治目標としてきた元総理からみた今日の憲法論議の状況は?
中曽根 憲法論議とは、国家の基本問題、日本の国の形の基軸を作る最も重要な問題である。しかし現在の日本国憲法は敗戦後の占領下、非常事態の下、厭戦思想や、平和欲求が非常に強く蔓延していた時代に作られたものである。そういう意味において、今の憲法九条は制定の経緯、その結果からみて国際的には正常なものではない。これを正常なものに何とか直さなければならない。その動機から、我々は憲法改正を唱えたのである。しかし当時の状況の下では、それに触るとすぐ「右翼」と言われ、片付けられしまった。 しかし、ようやく戦後五十年経って、それを正常化しなければいけないという改正論議が強まってきた。事実、世論を見ると、憲法改正に対し、三―四年前は60%が反対で30%が賛成だったのが、今や逆転している。これは日本民族が歴史的に持っている同化力、復元力が、ようやくここに発現したものだと思う。かつて随唐の文明を入れ、二、三百年の間に、漢字をカタカナ、ひらがなに転化し、次いで紫式部が今の日本語で「源氏物語」を書いた。また、明治維新の時には、西洋文明を入れて、プロシア憲法を模範して、大日本帝国憲法を日本的に作り直し、あの明治の発展を遂げた。これらは正に日本民族の同化力である。ようやく敗戦後の今、国民に、自分たちで憲法を作ろうという意識が芽生えたことは、こうした日本民族的体質が出てきた結果である。 また特に、憲法改正への賛否を年代別に見てみると、三〇―四〇歳代の賛成が非常に強く、そして六十―七十歳代が消極的だ。これは六十―七十歳代は戦争のトラウマが残っていて、今の若い人達はそういうのがなく、是々非々主義である結果からだと思う。 つまり、こういった民族的体質、或いは未来性を考えると、私は十年以内に憲法改正はできると確信している。 | ||
| 非核三原則と安保条約 | ||
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―― 九条に絡み、安保でいえば、昨今人気の論潮として石原慎太郎氏が言っている「米国に頼らない自主防衛論」がある。日本の今日の諸問題は、戦後、我が国が米国に寄りかかり外交、防衛という国家の背骨を欠かしてきた結果であるという意見だ。元総理は日米同盟を重視し、古くは「不沈空母」発言もなさったが、こうした自主防衛論の台頭をどうみているか?
中曽根 日米安保と自衛隊の違憲問題に関して、歴史的な役割をある程度果たしたのは村山(富市)首相である。彼が首相になった時に、安保、自衛隊ともに合憲であると、そう宣言をして以来、世論は大きく動き、いろいろ自由な議論も生まれてきた。 私の考えは、日本は非核三原則を持っているが、これを維持していることは日本のために非常に大事なことだと思っている。もし、これに手をつけるようなことになると、日本の防衛が必ずしも安全にはいかなくなるし、近隣諸国の非常な疑念を起こして、外交関係もうまくいかなくなる。やはり、敗戦という歴史過程を経た戦後の日本、それから二十一世紀を見渡した世界構造、特にアジア構造、そういうことを考えた場合、非核三原則を維持していくことは非常に重要な基本国策である。これを維持していく以上はアメリカの力(核の傘)を是認して、これと合理的良好な提携を行う。それが安保条約という形になってくる。もし、日本が核兵器を持つという考えになれば、安保条約はいらなくなる。しかし、我々が非核三原則を持っている以上は、安保条約は必然的に必要なものになってくるのである。この安保条約の具体的な展開については、沖縄、その他の基地の問題、朝鮮半島、中国台湾がどうなるかなど、そういう時代の流れ、変化によって、協議の上ある程度の弾力性を持たすべきであると思っている。 そこで、石原君が言っている自主防衛論とは、今、安保条約の上に日本が卑屈と思われるぐらいアメリカに依存しすぎている。それを是正しようというアンチテーゼとして言っている部分が強いと思う。そういう意味で、安保の締結によって持たされてきた強度の対米依存、或いは民族的プライドまで失われているような感じの状況を打破し、安保条約を正常化し、補強するという意味で彼は言っていると、私は思う。 | ||
| 集団的自衛権行使の条件 ― 国家安全保障基本法制定 | ||
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―― 元総理は安保の枠内で、日本の軍備は非核、軽武装と説いている。しかし、その具体的な中身として、軽武装の範囲について国民には分かりにくい部分があるが。
中曽根 まず、軽武装とは、航空母艦や爆撃機や長距離ロケット(ICBM)を持たず、所謂、中級兵器で武装することである。 戦前と比較して、国際関係、安全保障概念が非常に変わってきている。軍国主義時代、或いは武力によるバランス・オブ・パワーの時代とは丸っきり違ってきている。それで今日本の防衛問題の一番基本的なことは、国家の持っている自衛権、個別的自衛権と集団的自衛権をどう展開するかということである。個別的自衛権の行使については誰も異存ない。しかし、集団的自衛権は持っているけど行使はできないと言われている。私は爾来、集団的自衛権の行使は合憲であると、それをできないといっている法制局が間違っている、と言っている。内閣総理大臣がそんなところまで唯々諾々として従う必要はないのだ。これは国連憲章でも認められているし、日米安保でも認められている。私に言わせれば、集団的自衛権とは個別的自衛権の延長線上である。つまり一人で守れないから、アメリカと同盟を結んで一緒に守る、それが集団的自衛権である。ただし、その場合にどの程度まで、アメリカに協力するか、現実問題としてあるわけだ。そのため橋本とクリントンの間で合意した共同宣言、行動基準(ガイドライン)、あの内容について、もう一度正式に論議する必要がある。 今の協力基準では、平和地域において、米軍に糧食、燃料を供給する。そこまでは合憲である。しかし、戦闘地域に供給することや、平和地域に武器、弾薬を供給することは違憲であると言っている。では、偵察行動はどうなのか、或いは戦闘と非戦闘地域の境界は明確ではないではないか。そういう点が私には政治的便宜の所産であり、法律的正確さを持っていない、ごまかしであると感じる。 既に述べたことであるが、自分一人で守れないから、米軍と一緒に守ると。こういう場合、例えば日本が攻撃されていて救援に来た米軍が、途中で第三国から攻撃を受けた時、自衛隊が米軍を攻撃した者をやっつけることができるかどうか。当然、自分の国を守るために来てくれたものであるから、相手をやっつけるのは自衛の延長であって、集団的自衛権というなら認めるのが当たり前だと、そう私は国会答弁でも言った。ただし、集団的自衛権の行使は影響力が大きいから、どの程度、どういうふうに使うか、政治的判断から法律で決める必要があるのである。だから、私は「国家安全保障基本法」という法律を作って、ここまでは政府がやってよろしい、ここまでは国会に報告しろと。これ以上は国会の承認を必要とすると。また、原則として外国の領域で、米軍と一体になって戦闘行動を行うことは認めない。そういう段階ごとの限度を公式に決めておくべきだと言っている。ただし、国会の事前、または事後の承認を得て、日本の独立と平和が危機に瀕する場合には、例外的に米軍と一緒になって行動することや、当該国から要請があった場合には米軍と一体になって行動することを認める。そういう例外規定も設け、透明性と公開性を持たせる。そうすれば、外国にも安心感を与えるし、国民にも理解を求めていける。これが正統なやり方であると、私は思う。 例えば、ペルシャ湾、或いはマラッカ海峡で、日本のタンカーがやられた場合、その現場を守り、救うこと。これは自衛権の発動であって、どこであろうと合憲でやれる、そう私は言っている。だけれども、法制局とかその他のものは、必要最小限を越えるから、違憲であると言う。では必要最小限とは何が必要最小限なのか、その基準がない。しかし、村山さんは、昔は、必要最小限を越えるから違憲であると言っていた。しかし、首相になって、自衛隊を認め、安保を認めたということは、必要最小限の境界が移動しているというわけだ。そんないい加減な基準に頼っていてはいけない。これでは政治的に不正直である。私として集団的自衛権の行使を認め、その正しい使い方を国民の前に明示しておくべきだと思う。 ―― 以前、亀井さんが在韓米軍が攻撃を受ければ、自衛隊が出るべきと発言しながら、逆に韓国側から「余計なお世話だ」と拒まれました。この場合も、元総理のおっしゃる集団的自衛権の範疇に入るのか。 中曽根 それは私が先ほども言ったように、日本の独立と平和が危機に瀕する場合、或いは韓国からの要請があった場合には、米軍と一緒にやれる。しかし、そうでない場合には、米軍と一緒に戦闘行動をやることは認めない。 ―― 今までは触れることにさえ、タブーとされていた憲法九条について、特に第二項については替えるべきか。 中曽根 第一項はこのまましておいてよいが、第二項は当然替えるべきだ。 | ||
| 戦後の高度成長は国民と復員軍人の努力 | ||
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―― 先日も元特攻隊員の話を聞いたが、彼は元総理について「所詮は高等文官試験で入った人で軍を知らず、帝国海軍のセンチメントを引きずっているだけ」と批判していた。
中曽根 そういう心境を持っている人は気の毒だ。戦争のトラウマが強過ぎると思う。 ―― 海軍での経験は、やはり中曽根康弘の政治思想に大きな影響を与えているか。 また、元総理を攻撃する勢力に言わせると、元海軍のある種センチメントから今でも自衛隊擁護を強く主張するのだとよく言われましたが、それについては当時どのように考えましたか。 中曽根 その影響は別に大きくはない。ただ、私は海軍省軍務局にも勤めたから、ある程度軍の内容というのは分かった。そういう意味で今政治と軍事をある程度両方分かっている人間だと思う。また、外国の政治家でもブッシュにせよケネディにせよ、将校として太平洋戦争に参加した。だからといって軍国主義にはなりはしない。過去の経歴にこだわって人間を見るのは、屈折した眼だと思う。むしろ個人的には旧制高校の青春時代に触れた学問、人間的体験、思索の方が深いものがある。海軍に行って戦争したということは、石原君にも言ったけど、「私の体の中には国家がある」と。そういう国と運命を共にするという感情を持たしてくれた面はある。生きるか死ぬかの戦争をしてきたからね。 ―― そうすると、現在の改憲論者、政治家たちは戦争体験のない世代が多い。こうした人々との差異を感じることはあるか。 中曽根 それは戦後の日本をこれだけ高度成長期に復興させたのは、復員軍人の力である。戦争から帰ってきたもの達が官庁、企業、政界に入り、日本をもう一度独立させ、復興させるために夜も寝ないで働いてきたのだ。その結果、世界でも稀に見るような経済的に大発展を成し遂げ、また高度な科学技術を持ち、その普遍性も高めた。これは日本人の特有の根性だ。先ほど言った復元力、同化力と通じるものがあるのである。 ところが、今の五十―六十歳代の人々は、学校時代に教科書に墨を塗ったり、日教組全盛時代の教育を受けたり、大学時代は全共闘で忙しかったりで、ある意味においては、必ずしも安定した教育を受けていないため、基礎学が足りない。我々の旧制高校時代のように、自分で考え、本を読み、独自の人生というような理念を持った経験がない。復員軍人にはみんなもってた。その差がここに出てきているのである。 | ||
| 憲法改正と政界再編 | ||
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―― 憲法改正は、急いでやる必要はあるか。
中曽根 それを果たすには二、三人総理大臣が必要になるだろう。 ―― 確認ですが、集団的自衛権の行使は現行憲法下においても、今の解釈変更で十分通用するとお考えですか。 中曽根 可能である。法制局の見解に何時まで従っているのか。先ほども言ったように「必要最小限」という言葉にごまかされているだけだ。 ―― 中国に対する姿勢、日本の対中政策は対米追随すべきか、それとも独自姿勢を保つべきでしょうか。 中曽根 自由、民主主義、人権、市場経済といった価値という面については日米は同調している。ただし、平和を維持するということを考えると、太平洋の向こうとこちら側では置かれている立場が違う。 中国台湾問題については、私は五原則を唱えている。第一は、日米は中国との平和友好条約や宣言を遵守する。そして一つの中国を認識し、尊重する。第二は、中国は台湾に対して平和統一に徹する。武力行使をするなどとは言わない。第三は、台湾は独立とか国連加入ということは言わない、中国を挑発するようなことはすべきでない。第四は、両岸政治を復活する。 第五は、三通政策(通商、通行、通信)を実施する。そのやり方については両岸政治で相談する。以前、私のこの部屋に中国の外務大臣の唐家 氏が来た時に、彼にこの話をしたら、彼はしばらくじっと考えていて「重要な話を伺ったので、北京に帰って研究する」と言って、ハッキリとは答えなかった。しかし、台湾の代表は賛成していた。このように日本は日本の独自の政策を持たなければいけない。それによって判断すべきである。 ―― 改憲論議の盛り上がりについて、中曽根内閣がどのような役割を果たしたのか。 中曽根 終始一貫変わらないで努力してきた。変わってはいけない。昭和三十八、三十九年、東京五輪の年に私は第一回の憲法調査会の総括意見を出している。その意見は「今度の憲法改正は首相公選一本で行け」と。まさに小泉君が同じことを言ったわけだ。崩れない木が一本あること。それは大事なことなのだ。 ―― 改憲を視野に入れた場合、高い支持率のある小泉政権に期待することは何ですか。 中曽根 やはり、一定の段階、憲法問題や教育基本法が政治日程にあがってきた。そういう場合、同じ考え、政策を持つ人間で連合勢力をつくる必要がある。私はそれを政界再編と言っているのだがね。次の総理を何も自民党から出す必要はない。皆で一致したものを作れば良い。 ―― 憲法へのスタンスが、次の政界再編の機軸になると。 中曽根 大きな機軸、メインテーマの一つになる。
「『一、講和条約、安保条約五十年の検討』は、2001年 9月 4日、読売新聞(朝刊)に掲載されたインタビューの主要発言原文である」
「『二、集団的自衛権と周辺外交』は、2001年 8月 7日、東京中日新聞(朝刊)に掲載されたインタビューの主要発言原文である」 |
現下の国家安全保障 と憲法 |